17-(3) 補血薬(ほけつやく)
血(けつ)を補い、主に血虚証を改善するのに用いる生薬を、補血薬といいます。
一般に血虚の症状としては
- 顔色につやがない、唇や爪が蒼白(白っぽい)、頭のふらつき、目がかすむ等…[血虚一般]
- 動悸、不眠、不安、夢をよく見る、忘れっぽい等…[心血虚]
- 月経不順(月経量が少ない、周期の遅れ、経血色が淡い)または無月経、めまい、目が疲れる、ドライアイ、筋肉のけいれん等…[肝血虚]
「心は血脈を主る」「肝は血を蔵す」「脾は生血と統血を主る」、また「血は水穀の精微と腎が蔵する精から化生される」などの理論から、補血薬はこれらの臓とよく関連(帰経)します。
血虚はしばしば陰虚を兼ねており、補血薬と補陰薬は併用されることが多く、
また、補血薬の中には補陰の作用を兼ねるものがあり、補陰薬として使用されることもあります。
補血薬では足りないときは、血の化生を促すために補気薬が加えられます。
補血薬の多くはその性質上、服用すると消化不良を起こすことがあり、食欲不振、腹満、下痢などに注意が必要です。脾胃虚弱には健脾薬を配合するなどの配慮が必要です。
当帰(とうき)
セリ科トウキまたはホッカイトウキの根
【帰経】肝 心 脾
【効能】補血 活血 調経 止痛 潤腸
①補血
優れた補血作用で「一切の血虚証に適用する」と言っても過言ではありません。
実際には血虚証に対して、よく熟地黄、白芍、川芎などと一緒に使用されます。⇒四物湯、当帰芍薬散
補血作用を強めるために、黄耆などの補気薬と併用することも多くあります。⇒当帰補血湯、十全大補湯
②活血+調経+止痛
補血と同時に、血を巡らし、痛みをとる効果もあります。
そのため補血調経の要薬として、月経不順、月経痛、血虚閉経などの婦人科の症状に常用されます。
やはり地黄・芍薬・川芎を配合した四物湯は養血活血・調経止痛の基本方剤で、
血虚血瘀のときには、桃仁や紅花などの活血薬をを配合したり(⇒桃紅四物湯)
気滞血瘀のときには、香附子や延胡索のような行気作用のものと配合して(⇒芎帰調血飲、折衝飲)応用されます。
③活血+止痛
補血と活血の効果は血虚血瘀証に適しますが、そのため各種の疼痛に対しても広く使われています。
寒を散じる効果もあるため、虚寒の腹痛に、桂枝や生姜などと配合したり⇒当帰建中湯
血瘀による疼痛に対して、桃仁、紅花、牛膝などと一緒に用いたり⇒血府逐瘀湯
打撲傷に、大黄、桃仁、蘇木、紅花などと配合したり⇒千金鶏鳴散、通導散
血虚による冷えが強い痛みには、桂皮や細辛などと⇒当帰四逆湯
風寒湿痺のしびれと痛みに、独活や羌活、桂枝などと配合されます。⇒疎経活血湯、薏苡仁湯
④潤腸
血虚をともなう便秘症(腸燥便秘)に、麻子仁や桃仁、杏仁と配合されます。⇒潤腸湯
※中国の当帰(Angelica sinensis)は唐当帰と呼ばれ、日本とは別の品種が使われています。
熟地黄(じゅくじおう)
ゴマノハグサ科(APG分類Ⅲではジオウ科・APG分類Ⅳではハマウツボ科)のアカヤジオウなどの根を蒸してから乾燥したもの
※黒くなるまで蒸して乾燥する工程を繰り返すという修治を施したものを「熟地黄」、そうせずにそのまま乾燥したものを「乾地黄」(生地黄)として区別されます。(たんに「地黄」というと「乾地黄」をさすことが多い)
【帰経】肝 腎
【効能】養血滋陰 補精益髄
①養血
血を補う要薬です。血虚による諸症状、婦人の月経不順、月経痛、不正出血などに用いられます。
当帰、川芎、白芍とともに、様々な方剤のベースとして配合されます。
②滋陰
また、陰を滋養する要薬でもあります。
腎陰虚による潮熱(夜間の熱、手の平や足の裏のほてり)、寝汗、遺精などの症状に、山薬や山茱萸などと配合されます。⇒六味丸
③補精益髄
養血滋陰のほか、精を益して髄を生じさせて血を化生させるとも考えられています。
そのため精血不足による膝腰がだるい、倦怠感、めまい、ふらつき、耳鳴り、難聴、かすみ目、白髪などにも主薬として応用されます。
注意
性質的に粘っこく消化しづらく脾に淀みやすいので、食欲不振や胃もたれ、腹満、下痢などに注意しながら使用しなけばいけません。
もともと脾(胃腸)が弱い場合は、それに対する薬を併用する必要があります。
関連記事:生地黄、乾地黄、熟地黄の違い
何首烏(かしゅう)
タデ科ツルドクダミの塊根
【帰経】肝 腎
【効能】補益精血 截瘧解毒 潤腸通便
補益精血の効能は熟地黄と同様で、腎虚によるめまい、ふらつき、耳鳴り、かすみ目、足腰の衰えなどの症状に用いることができます。特に何首烏は、黒髪を生じる(早期白髪を治す)生薬としても知られています。
性質的に燥でもなく粘っこくもなくて、熟地黄よりも胃もたれも起こしにくく、長期間でも使えるので、滋補の良薬とされています。
ただ、潤腸通便の効能があるので、血虚の便秘には適しますが、軟便や下痢傾向のときは注意が必要です。
方剤としては、よく血虚を伴う皮膚の掻痒に、当帰や蒺藜子などと配合して応用されます。⇒当帰飲子
何首烏と漢字でみると動物のようなイメージを持ちますが、植物です。 ドクダミ茶で知られるドクダミとは異なります。(ドクダミ科のドクダミは生薬名を十薬(じゅうやく)といいます。 )
育毛剤、養毛剤をお使いの方は、ツルドクダミエキスという成分を見たことがあるかもしれません。
これを服用していたために、いつまでも白髪が烏(カラス)の首(頭)のように黒いまま、長生きした人がいるという言い伝えが名前の由来です。
カシューナッツとは全く関係がありません。
強壮・強精の効果も知られている生薬ですが、むやみに大量に服用していると肝障害の副作用を起こすおそれもありますので、気をつけなければいけません。
※ツルドクダミの「つる」(茎)は夜交藤(やこうとう)と呼ばれます。
夜交藤の効能は、養心安神や通絡袪風。不眠、多汗、血虚による肢体の疼痛などに良いとして、よく薬膳茶、健康茶などにブレンドされています。
白芍(びゃくしゃく)
ボタン科シャクヤクの根の外皮を去ったもの
(外皮をつけたままのもの⇒赤芍)
【帰経】肝 脾
【効能】養血斂陰 柔肝止痛 平抑肝陽
①養血斂陰
・血を補い月経を調える効能で、血虚の月経不順に対して熟地黄、当帰、川芎とともに基本生薬として配合されます。⇒四物湯、当帰芍薬散
・桂枝とともに用いれば、営衛を調和し、表虚の自汗をとめます。⇒桂枝湯
・また牡蛎、五味子などと配合して、陰虚(陽浮)によって起こる盗汗(寝汗)に用いられます。
②柔肝止痛
血を養う作用によって肝を柔らげ(肝気がのびやかでないのを緩和し)痛みを止めます。
・血虚肝鬱の胸脇部の張った痛み、ゆううつ、ため息などに、柴胡、白朮、当帰などと配合されます。⇒四逆散、逍遙散
・攣急性の筋肉の痛みには甘草と用います(⇒芍薬甘草湯)。寒証を伴うときは桂枝や生姜などと配合されます(⇒桂枝芍薬湯)。
・肝脾不和(肝気犯脾)による腹痛、下痢に対して、白朮、陳皮、防風などと配合されます。⇒痛瀉要方、柴芍六君子湯
・湿熱(感染性)の下痢、腹痛のときは、黄芩、黄連、木香、檳榔子など使用されます。⇒黄芩湯、芍薬湯
③平抑肝陽
肝陽を抑えるはたらきで、肝陽上亢の頭痛、めまい、ふらつきに用いられます。⇒七物降下湯
阿膠(あきょう)
ウマ科ロバの毛を去った皮(・骨・腱・じん帯など)を煮詰めた膠塊(水で加熱抽出して脂肪を去り濃縮乾燥したもの)
(ロバのものは非常に高価で、日局「ゼラチン」で代用される場合はウシやブタから作られている)
【帰経】肺 肝 腎
【効能】補血止血 滋陰潤肺
①補血:補血薬として当帰、熟地黄、黄耆などと血虚の諸症状に用いることができます。
②止血:止血の(あるいは止血とともに血を養う)要薬として、各種の出血証(鼻血、吐血、血尿、血便、不正性器出血など)に用いられます。⇒芎帰膠艾湯、猪苓湯
③滋陰:血虚による枯燥を潤す(⇒温経湯)、あるいは陰虚による心煩、焦躁、不眠に、黄連や芍薬と用いられます。⇒黄連阿膠湯
④潤肺:虚労咳嗽あるいは陰虚燥咳の証に用いられます。⇒清燥救肺湯
※煎じ薬の場合は、阿膠以外の生薬を煎じた後、煎液が熱いうちに少しずつ加えて、よく混ぜて溶かしてから服用します。
竜眼肉(りゅうがんにく)
ムクロジ科リュウガンの仮種皮(種子を覆う胎座が発達したもので、一般には果肉として薬膳などでも食する部分)
【帰経】心 脾
【効能】補心脾 益気血
心脾(心血と脾気)をともに補って、気を滞らせることもない。そのため心脾の損傷によって起こる不眠、動悸、忘れっぽい、食欲不振、倦怠感、疲れやすいなどの症状に適しています。
単味でも有効ですが、黄耆、人参、酸棗仁などの補気養血の薬と併用しても用いられます。⇒帰脾湯
その他、一般の気血不足のもの、体力の衰え、高齢者、病後、産前・産後にも適応します。
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