【補陰薬】~沙参・麦門冬・天門冬・石斛・黄精・玉竹・百合・枸杞子・女貞子~

補陰薬

17-(4) 補陰薬(ほいんやく)

補陰薬とは、陰液を養い(滋養し)、津液を生じ、燥を潤す効能がある生薬のことで、主に陰虚証に用いられます。

陰虚証は、熱病の後期(→熱によって津液が消耗)に生じるものが多く、または慢性的な疾患(→精血が消耗)によっても生じます。

陰虚の一般的な症状としては、陰液の潤す効能が低下するので、ほてり、のぼせ、手のひらや足の裏の熱感、口渇、のどの乾き、舌の裂紋、舌苔が少ない(鏡面舌)などです。
さらに臨床的には肺陰虚、胃陰虚、肝陰虚、腎陰虚などの症状としてみられます。
ですので、それに対して補陰薬にもそれぞれの特徴に合わせて、適したものが選択されることになります。

肺陰虚:乾いた咳(空咳)、痰が少ない、のどの乾き、声がかすれる
胃陰虚:食欲不振(お腹は空くけどあまり食べられない)、口や唇・舌が渇く、水を飲みたがる、便が固い
肝陰虚:目の乾燥、目がかすんで物がはっきりと見えない、めまい、頭痛
腎陰虚:腰や膝がだるい、手の平や足の裏が熱い、心煩、寝汗、遺精

また補陰薬は、その他の症状や、陰虚を引き起こしている原因に応じて、他の生薬と一緒に用いられます。

熱病の邪熱が残っているときは生地黄などの清熱薬と、
陰虚で内熱(虚熱)を生じているときは地骨皮などの清虚熱薬と、
陰虚で陽亢になるときは石決明などの潜陽薬と、
陰虚と血虚を兼ねるときは熟地黄などの補血薬と、
陰虚と気虚を兼ねるときは人参山薬などの補気薬と、
あるいは、臓器のはたらきを強めることで陰を作るのを助ける、という目的で少量の補陽薬が加えられることもあります。

沙参(しゃじん)

セリ科ハマボウフウの外皮を去った根
※日本での浜防風(はまぼうふう)のこと;日本では外皮はそのままで使用されている

【性味】甘 微寒
【帰経】肺 胃
【効能】清肺養陰 益胃生津

①清肺養陰
肺陰を滋養し、かつ肺の虚熱を清する効能をもちます。
肺熱陰虚による空咳、きれにくい痰、のどの乾き、口渇などに用いたり(→桑杏湯)
または陰虚内熱の咳、血痰、体重減少、寝汗など(肺結核のような症状)に応用されます。
②益胃生津
熱病で傷津し胃陰不足(胃陰虚)になっている食欲不振(お腹はすくのに食べられない)、口渇(唾液が出なくて口腔内や舌が乾燥)に適します(→養胃湯、益胃湯)

※「沙参」「浜防風」「防風」の使い分けの注意
混同がみられる生薬です。

●「沙参」と「浜防風」
中薬として一般に補陰薬として使う「沙参」は、日本では「浜防風」と呼びます。
逆に日本で「沙参」とされるものは、中薬では「南沙参」のことで別の植物になります。

日本名中国名植物主な効能
浜防風沙参(北沙参)セリ科ハマボウフウの(外皮を去った)根清肺養陰
沙参南沙参キキョウ科ツリガネニンジン、トウシャジンなどの根清熱袪痰

●「浜防風」と「防風」
日本では防風(…辛温解表薬)が自生していなかったため、(江戸時代に)同じセリ科で香りの似ている浜防風で代用されていたことがあり、その流れで現在でも防風の代わりに浜防風が配合されている製剤が一部のメーカーであります(清上防風湯十味敗毒湯消風散など)。ですが本来は異なる生薬で代用になりませんので、どちらでもいいわけではなく、特徴を理解して使い分ける必要があります。

麦門冬(ばくもんどう)

麦門冬(バクモンドウ)

ユリ科(APG分類:キジカクシ科)ジャノヒゲの根の膨大部

【性味】甘 微苦 微寒
【帰経】肺 心 胃
【効能】補陰養肺 清心除煩 益胃生津

肺と胃の陰虚に対する要薬です。

①補陰養肺

肺陰を養うので、よく肺燥による乾いた咳、長引く咳(痰があまりないか、あるいは粘稠で切れにくい痰を伴う)に石膏知母人参などと用いられます。⇒麦門冬湯、竹葉石膏湯、滋陰至宝湯など

②清心除煩

心陰虚によって虚熱となり、心煩が起こり、心神不安、不眠、動悸などのあるものには、酸棗仁生地黄竹筎などと配合して応用されます。⇒天王補心丹、竹筎温胆湯など

③益胃生津

沙参と同じように胃陰を益す効能をもつので、胃陰不足の口や舌の乾燥の症状に、沙参と併用されることがあります。

その他

津液の消耗ととも胃腸の弱りがあり、気陰ともに不足しているときは人参とともに使用されます。⇒生脈散、清暑益気湯炙甘草湯など
また、生地黄玄参を配合して腸燥便秘に使われることがあります。⇒増液湯

天門冬(てんもんどう)

天門冬(テンモンドウ)

ユリ科(APG分類:キジカクシ科)クサスギカズラのコルク化した外層の大部分を除いた根

【性味】甘 苦 大寒
【帰経】肺 腎
【効能】清肺降火 滋陰潤燥

麦門冬と一緒に用いられることもあり、ふたつを合わせて「二冬」と呼びます。
ですが、麦門冬が胃や心にも帰経するのに対して、天門冬が腎に帰経するという特徴があります。
清肺・滋潤の力は麦門冬より優れるとされています。

①清肺降火

肺腎陰傷の要薬で、肺熱を清し、腎陰を滋養するので、多くは麦門冬や地黄などと配合し、慢性化した咳、虚労の咳嗽などに応用されます。⇒清肺湯滋陰降火湯

②滋陰潤燥

また、清熱滋陰の津液を生じさせる効能で、陰虚による口腔内の乾燥にも用いられます。⇒甘露飲

石斛(せっこく)

ラン科セッコクなどその他同属植物の茎

【性味】甘 微寒
【帰経】胃 腎
【効能】養胃生津 滋陰除熱

特に胃陰への滋養作用を有するので、胃陰虚証に用いる要薬とされます。
熱病傷津による煩渇、胃陰不足の口渇などに、天門冬、麦門冬、生地黄などと配合されます。⇒甘露飲
その他、腎陰不足の虚熱証や、腎虚の視力減退や腰膝軟弱に用いることができます。

黄精(おうせい)

キジカクシ科(旧分類ではユリ科)ナルコユリなどの根茎

【性味】甘 平
【帰経】脾 肺 腎
【効能】潤肺 滋腎 補脾益気

脾・肺・腎(の陰)のすべてに対して滋養作用があったり、補脾益気の効能があるので、この点で山薬(ヤマイモ)と類似しています。
山薬は補脾益気に優れていて補気薬に分類されるのに対して、黄精は滋陰潤燥に優れています。
潤肺→肺陰虚の燥咳に用いられます。
滋腎→腎精不足の眩暈、腰がだるい、下肢の無力などに用いられます。
補脾益気→脾陰と脾気をともに補うことができるので、脾胃虚弱証にも適します。脾胃気虚の食欲不振、倦怠感、軟便、食後の腹張に。あるいは脾胃陰虚の食欲不振、やせ、便が硬い、口唇の乾燥などに。
※ただし作用は緩和なので、漢方薬に配合されるよりも、栄養ドリンクなどによく使われています。

玉竹(ぎょくちく)

キジカクシ科(旧分類ではユリ科)アマドコロ(別名イズイ)の根茎

【性味】甘 平
【帰経】肺 胃
【効能】滋陰潤肺 生津養胃

黄精と同属植物で同様の効能をもちます。
肺や胃の陰を滋養して燥熱を除くので、肺胃陰傷の口渇、空咳などに用いられます。
また滋陰しながらも邪をととめず表証を解することができ、陰虚の上に風熱を受けて起こる咳嗽、口渇、咽痛などに使われることがあります。

百合(びゃくごう)

百合(ビャクゴウ)

ユリ科オニユリなどの鱗片葉(それらが重なってできた鱗茎、いわゆる球根はユリ根ともいう)

【性味】甘 微寒
【帰経】肺 心
【効能】潤肺止咳 清心安神

①潤肺止咳
肺熱を清し、燥を潤します。
漢方薬では辛夷清肺湯に配合されています。
その他、肺熱の咳嗽に用いられます。

②清心安神

『金匱要略』における百合病(熱病の後期に余熱が長く残留したため、心肺の陰虚内熱を生じ、発熱があるようだけどない、歩こうとするがうまく歩けない(←「歩く姿はユリの花」)、食べようとするが食べられない、横になって休もうと思っても寝ていられない、心煩、不眠、多夢、動悸、情緒不安などの様々な不定愁訴を現したもの)に用いられます。知母と併用して百合知母湯、生地黄と併用して百合地黄湯など。

枸杞子(くこし)

ナス科クコの成熟種子

【性味】甘 平
【帰経】肝 腎 肺
【効能】滋補肝腎 明目 潤肺

肝腎陰虚のふらつき、めまい、視力低下、目のかすみ、耳鳴り、腰膝がだるいなどの症状に用いられます。
特に肝腎を滋補して目の疾患を治す要薬とされています。
六味丸に、同様に名目の効能をもつ菊花と一緒に配合されます。⇒杞菊地黄丸
また肺陰を滋養する効果もあるので、肺腎陰虚の慢性咳嗽に用いることができます。
関連生薬⇒地骨皮(じこっぴ)

女貞子(じょていし)

モクセイ科トウネズミモチの成熟果実
(中国原産で日本では要注意外来生物に指定されている)

【性味】甘 苦 寒
【帰経】肝 腎
【効能】補益肝腎 清熱明目

枸杞子と似て、肝腎を補い目を明らかにする効能をもちます。
枸杞子は滋補に優れるのに対して、女貞子の方は(滋陰の効果は弱いが)清熱の力があるため陰虚内熱(虚熱)にも応用されます。
肝腎を滋養するときはよく旱蓮草(かんれんそう)と併用されます。⇒二至丸
虚熱証には地骨皮牡丹皮生地黄などと配合されます。

 

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