苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)の解説
苓桂朮甘湯は、
おもに心悸亢進(動悸)に用いられたり、 または、めまい・ふらつき・立ちくらみが主症状という場合によく用いられる漢方薬です。
配合されている生薬は、名前のとおりで、茯苓・桂枝・白朮・甘草の4種類。
苓姜朮甘湯や、苓桂甘棗湯、苓桂味甘湯など、漢字一文字違いで間違いやすい漢方薬もあるので注意してください。
構成生薬について
※白朮か蒼朮かに関しては、(苓桂朮甘湯においては)どちらが使われていても間違いではありません。
⇒白朮と蒼朮の違いと使いわけについて
⇒桂枝と桂皮の違いはこちら
茯苓+白朮は、脾胃(胃腸)の機能を高めて水分代謝を改善する生薬です。
ですので、まず基礎に胃腸の弱いことがあって、体内に余分な水(水飲)が停滞しやすい状態にあるときに適します。
桂枝と甘草は、血行を強めるはたらきで、脳への血液循環を促進しています。
桂枝+茯苓の組み合わせは、過剰な気や水(津液)を下へ引き降ろし、心悸亢進(いわゆる気の上衝)を抑える効果があります。
桂枝はまた、血管を拡張し体を温め、茯苓と白朮の利水効果を強めます。
総合的に、胃腸が弱い、または冷えが原因で起こる、水液流通不良による症状に用いることができます。
【漢方的な補足】
苓桂朮甘湯は脾虚の寒飲に用いることができます。
脾胃(胃腸)が弱い、または冷えがあるために(脾陽虚)、水飲の停滞(水毒)があり、腎の方へ降りていかなければいけない水の流れが滞り、それにより気の流れも阻害されます。
苓桂朮甘湯が適するのは、体の上部に過剰になった「水」、正常に上昇下降ができない「気」の影響が、体の上部、主に「心」や「頭部」に及んでいる状態です。
【五苓散との違い】
同じように、水毒に用いる代表的な漢方薬としては五苓散があります。
構成生薬もよく似ています。
五苓散に配合される猪苓や沢瀉のような補益性のない生薬は、苓桂朮甘湯では除かれている、と考えれば、
五苓散は利水作用メイン、
苓桂朮甘湯はそれよりも補脾の目的が強くなります。
適応症状
ー添付文書上の効能効果ー
<医療用エキス製剤>
【ツムラ】【クラシエ】他
めまい、ふらつきがあり、または動悸があり尿量が減少するものの次の諸症:
神経質、ノイローゼ、めまい、動悸、息切れ、頭痛
【コタロー】
立ちくらみやめまい、あるいは動悸がひどく、のぼせて頭痛がし、顔面やや紅潮したり、あるいは貧血し、排尿回数多く、尿量減少して口唇部がかわくもの。
神経性心悸亢進、神経症、充血、耳鳴、不眠症、血圧異常、心臓衰弱、腎臓病。
【三和】
頭痛、頭重、のぼせ、めまい、立ちくらみ、動悸、心悸亢進などがあって不眠、精神不安などを伴い尿量減少の傾向があるものの次の諸症:
神経性心悸亢進症、心臓弁膜症、血圧異常、起立性めまい、メニエル氏症候群、神経衰弱、腎臓疾患
<薬局製剤>
体力中等度以下で、めまい、ふらつきがあり、ときにのぼせや動悸があるものの次の諸症:
立ちくらみ、めまい、頭痛、耳鳴り、動悸、息切れ、神経症、神経過敏
ふくろう体質とは
苓桂朮甘湯が使われる(著効する)例として、ふくろう型体質と呼ばれているものがあります。
朝が極端に弱く起きられず体がだるい、朝はずっと食欲がなく、午前中は頭がぼーっとしていてミスもしやすい、夕方~夜になってようやく本来の調子が出てくるので、夜に仕事をして夜更かしをしやすい。
不登校(登校拒否)や、遅刻の多い子供であったり、低血圧や低体温の人の中にみられることがあります。
血圧が低ければ、血液を送り出す力が弱いので、上体を起こした時に、一般的に言われる貧血様の症状がみられます。めまい、立ちくらみ、頭痛、肩こり、耳鳴りなども、頭部への血液の供給が不足することで起こりやすい症状です。
起き上がると気分が悪くなり、横になって休むと症状が軽減しやすい。起き上がれないので脳のスイッチが入らない。そして学校や仕事を休みたくなります。 少し動いただけで動悸がすることもあります。(頭部に急に血液を送り出さなければいけなくなったので心悸亢進します)
さらに、水毒がひどければ、朝起きた時、顔がむくんでいたり、まぶたが腫れぼったくなっています。
天気が悪いとき、気圧が低いときにはもっと朝起きれない症状がひどくなります。
めまいや車酔いを起こしやすくなる、ということもあります。
ちなみに、フクロウに対して、朝から元気な人は、ヒバリ型と言われます。
副作用や注意点
苓桂朮甘湯と苓姜朮甘湯、または苓桂甘棗湯。処方名は似ていても、生薬(薬味)が1つ違うだけで効能はだいぶ違います。きちんと確認してください。
比較的早く(数日程度で)効果を実感されることもあれば、体質改善の目的で長く服用されることもあります。
めまいや動悸以外の症状に応じて、他の方剤と併用されることもあります。
長期に使用したり、併用したりする場合は、甘草が含まれているので偽アルドステロン症の副作用には注意してください。
冷えがある時には適する方剤ですが、逆にのぼせやほてり等の熱性(充血性)の症状が強い時は控えてください。
急性期の激しいめまいのあった時は、まず十分に西洋医学的な検査と治療を行ってください。その後の慢性的なめまい、繰り返し起こるようなめまいに、漢方薬も考慮してみてください。
関連処方
連珠飲(れんじゅいん)は、苓桂朮甘湯+四物湯です。ルビーナという名前で市販もされています。(⇒連珠飲)
明朗飲(めいろういん)は、苓桂朮甘湯に車前子・細辛・黄連を加えたもの。結膜炎のような目の痒み・涙目など、苓桂朮甘湯を眼の疾患に応用した方剤です。
定悸飲(ていきいん)は、苓桂朮甘湯に、呉茱萸・牡蛎・李根皮(李皮)を加えたもの。ストレスが強く、不安感から動悸が一層気になってしまう場合に用いられます。
また、エキス剤だと苓桂甘棗湯の代用として、苓桂朮甘湯と甘麦大棗湯との合方で用いられることがあります。
他の漢方薬との使い分け
さいごに、めまいや動悸に使われる苓桂朮甘湯以外の漢方薬を挙げておきます。(参考程度に)
- 五苓散:急性のめまいで、吐き気や嘔吐がある
- 沢瀉湯:頭を動かさずじっとしていてもめまい、回転性めまい、動悸はない
- 当帰芍薬散:冷え症、貧血に伴うめまい
- 真武湯:冷えが強い、浮動性(フワフワ)のめまい
- 半夏白朮天麻湯:胃腸が弱い、気虚、慢性的なめまい
- 苓桂甘棗湯:ヒステリー的な動悸
- 炙甘草湯:気と津液の不足(気虚と陰虚)で動悸
出典
『 傷寒論』(3世紀)より
「傷寒、若しくは吐し若しくは下して後、心下逆満、気上りて胸を衝き、起きれば則ち頭眩し、脈沈緊、汗を発すれば則ち経を動かし身振々として揺を為す者は、苓桂朮甘湯之を主る」
(訳)→急性熱性疾患で、吐いたり下したりしてしまった後、みぞおちが痞えて、動悸がし、起きれば頭がクラクラする。ここで発汗させてしまうと血液循環に影響をきたして、めまいやふらつきを起こしてしまう場合は、苓桂朮甘湯が適します。
『金匱要略』(3世紀)より
「心下痰飲あり、胸脇支満、目眩するもの、苓桂朮甘湯之を主る」
(訳)→心下(胃)に痰飲があるために、胸脇部が痞えて膨満し、めまいが生じるものは、苓桂朮甘湯で治します。
「夫れ短気微飲あるは、当に小便より之を去るべし、苓桂朮甘湯之を主る。腎気丸もまた之を主る。」
(訳)→息切れするのが(かすかな)痰飲のせいだとすれば、利尿によって水を巡らせればいいので、苓桂朮甘湯または腎気丸を使います。腎気丸は八味地黄丸のことです。
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