当帰飲子(とうきいんし)
「血虚」にともなって発生する「かゆみ」に用いる漢方薬です。
漢方的には、血虚生風に対する方剤。
血虚に用いる四物湯(しもつとう)を、皮膚の症状により適するように配合を加えた構成になっています。
漢方薬の名前で「〇〇飲」というのは、茯苓飲、参蘇飲、清心蓮子飲などいくつかあります。
しかし「〇〇飲子」と付く方剤はとても珍しいです。
例えば生姜のエキスが入った汁が、お店で飲めば生姜「スープ」で、缶に詰めて自販機で売っていたら生姜「ドリンク」になるようなものと思えば、~湯であっても、~飲であっても、~飲子であっても、服用する上では特にその違いを気にする必要はないわけです。
だけども残念ながら「当帰湯」(とうきとう)というまったく別の漢方薬も存在していますし、
「当帰~」で始まる名前の漢方薬はとても多いので、(「飲子」と名付けられた意味や由来はよく分かりませんが)血虚の痒みに用いるものは「当帰なんとか」ではなくて「飲子(いんし)」とまできちんと覚えておいてください。
血虚(けっきょ)による痒みについて
中高年~高齢者の皮膚にみられることが多い、皮脂(や汗)の分泌が減少して、乾燥し、皮膚の保護機能が衰えた状態。
乾皮症と言ったり、皮脂欠乏性湿疹と言ったり、老人性皮膚掻痒症と言ったりしますが、
いずれも皮膚がカサカサとして、粉をふいたように白っぽくなり、痒くなって、
掻きむしってしまうと乾燥した皮膚がぽろぽろと落ちる。
このような状態は、漢方的には「血虚」であり、「血」が皮膚を養えていない状態のことを指しています。
血虚により乾燥した皮膚は、本来の皮膚の機能が不十分で、
例えば防御機能が低下するため、
外からの刺激に対して過敏に痒みを起こしやいとか、細菌が侵入しやすいとか、炎症を起こしやすいとかがみられます。
出典
『済生方』(13世紀)
構成生薬
- 地黄(ジオウ)
- 芍薬(シャクヤク)
- 当帰(トウキ)
- 川芎(センキュウ)
- 何首烏(カシュウ)
- 黄耆(オウギ)
- 甘草(カンゾウ)
- 防風(ボウフウ)
- 荊芥(ケイガイ)
- 蒺藜子/蒺䔧子(シツリシ) ※白蒺藜(ビャクシツリ)ともいう
生薬の解説
当帰・川芎・芍薬・地黄の4つで、補血の基本処方である四物湯(しもつとう)です。
何首烏も、肝の血を増やす生薬です。
黄耆・甘草は補気薬として入ります。
血を補うときには、それだけではなく、気を補っておくことで血の産生を増やせますし、
皮膚の保護(防衛)機能を補うことができます。
(十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)にも、四物湯+黄耆・甘草の組み合わせがみられます。)
甘草にも潤す(保湿)効果があります。
防風・荊芥・蒺䔧子が、痒みを抑える目的で配合されています。
防風・荊芥は、「清上防風湯」(せいじょうぼうふうとう)や「荊芥連翹湯」(けいがいれんぎょうとう)など、皮膚疾患に使われる漢方薬にはおなじみです。
現在の処方には含まれませんが、原典では生姜を一緒に煎じることになっています。
地黄や当帰による胃腸障害を防ぐ目的があるのかもしれません。
あと、他の方剤ではあまり見かけないので、何首烏と蒺藜子の補足をしておきます。
何首烏(カシュウ)
漢字で書くと動物のようなイメージを持ちますが、植物です。タデ科ツルドクダミの塊根。
※ドクダミ茶で知られるドクダミとは異なります。ドクダミ科のドクダミは生薬名を十薬(じゅうやく)といいます。
育毛剤、養毛剤をお使いの方は、ツルドクダミエキスという成分を見たことがあるかもしれません。
これを服用していたために、いつまでも白髪が烏(カラス)の首(頭)のように黒いまま、長生きした人がいるという言い伝えが名前の由来です。
熟地黄や当帰と同じ「養血」の薬で、強壮・強精の効果も知られている生薬です。
ただし、むやみに服用していると肝障害の副作用を起こすおそれもありますので、気をつけなければいけません。
蒺䔧子(シツリシ)
ハマビシ科ハマビシの果実。
日本でも海岸の砂地に広く自生していた植物ですが、海岸の環境の変化により現在は絶滅危惧種に指定されています。
体表からの刺激による痒みに使うのが防風・荊芥だとすれば、
こちらは肝血の不足により内からの発生する湿疹・痒みに対する薬という感じです。
効能・適応症状
慢性湿疹、尋常性痒疹(皮膚のかゆみ)
慢性蕁麻疹、アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬
乾皮症、老人性皮膚掻痒症、皮脂欠乏性湿疹
人工透析に伴う皮膚掻痒症など
添付文書上の効能・効果
【ツムラ】
冷え症のものの次の諸症:
慢性湿疹(分泌物の少ないもの)、かゆみ
副作用や使用のポイント
補血剤の基本である「四物湯」(しもつとう)をベースにしている方剤です。
唇が乾燥している、髪にツヤが少ない、爪が割れやすい、月経不順、のような血虚の徴候があって、
皮膚がカサカサしている乾燥性の湿疹や痒みに適します。
一般的には中高年~高齢者(の乾燥肌)、
または、冬の乾燥時期(特に夜)に皮膚の痒みが増悪する人に使われることが多いです。
保湿剤のような外用薬を一緒に使うのも効果的です。
処方全体としては温める方剤ですので、冷え症の人に向いています。
潤す作用を期待していますので、分泌物の多い化膿性の皮膚疾患には適していません。
清熱を目的とする生薬は配合されていませんので、炎症性の強いときにも不向きです。
ただし、皮膚に炎症や赤みのある場合には、当帰飲子に、清熱剤の黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を併用して用いることがあります。
地黄や当帰、川芎による胃腸障害に注意が必要です。空腹時に服用して胃もたれを起こすときは、食後に服用してください。
当帰飲子と黄連解毒湯の併用について
くり返しますが、当帰飲子は、四物湯をベースにする漢方薬です。
「当帰飲子」=「四物湯」+「何首烏・黄耆・甘草・防風・荊芥・蒺藜子」と整理できます。
仮に、下線部を「A」と置き換えますと
「当帰飲子」=「四物湯」+「A」です。
皮膚に炎症や赤みがあって、当帰飲子に黄連解毒湯を併用した場合、
「当帰飲子」+「黄連解毒湯」=「四物湯」+「A」+「黄連解毒湯」
このとき
「四物湯」+「黄連解毒湯」=「温清飲」なので、
「当帰飲子」+「黄連解毒湯」=「温清飲」+「A」となります。
つまり当帰飲子と黄連解毒湯の併用は、当帰飲子の中の四物湯を、温清飲に変更したことと同じことです。
よって、
逆に、もし現在「温清飲」を使用中で、
痒みを抑えるために「A」のような生薬を加えたいときには、
(「温清飲」+「A」=「当帰飲子」+「黄連解毒湯」ですから)
当帰飲子と黄連解毒湯の併用に変えてみるのも手です。
それに、黄連解毒湯の清熱作用の部分だけを強めたい(または弱めたい)、といった場合も
これら「四物湯」「黄連解毒湯」「温清飲」「当帰飲子」の組み合わせであれこれ考えてみれば、エキス製剤でもある程度、さじ加減が可能になります。
当帰飲子と温清飲の併用もあるかもしれません。
なお、荊芥連翹湯や柴胡清肝湯のような皮膚の症状に使う他の漢方薬も「温清飲」がベースに入っています。
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