8-(1) 理気薬(りきやく)
他の項目に分類されている生薬でも理気作用(気を巡らせる作用)を有するものはたくさんありますが、
こちらには理気薬としての代表的な生薬をまとめます。
理気薬の一般的な作用についての解説はこちら⇒理気薬とは?
陳皮(ちんぴ)
ミカン科ウンシュウミカンなどの成熟した果皮
※「陳」は古いものを意味する字。1~3年くらい長期保存(熟成)したものほど効果が優れ良品とされる
※未成熟な果皮は「青皮」、成熟果皮の新鮮なものは「橘皮」などと区別される
【帰経】脾 肺
【効能】理気調中 燥湿化痰
①理気調中
理気によって中焦の気滞を調整する作用に優れています。
・脾胃気滞:腹満、腹痛、悪心、嘔吐
・肝気犯脾:ストレスによる腹痛、下痢、腹鳴
・脾胃虚弱:食欲不振、少食、食後の腹満
などに各種適当な生薬と配合して用いられます。例⇒六君子湯、茯苓飲、香蘇散
②燥湿化痰
中医学の理論では、「脾は生痰の源」「肺は貯痰の器」です。
もともとの原因は脾の機能の低下にあって、そこで生じた湿が粘って痰と変化して肺に溜まります。
陳皮は脾と肺の両方にはたらく(帰経する)ので、痰湿を除去するための基本方剤に繁用されます。
人参や白朮と配合すれば健脾作用、蒼朮や厚朴と合わせれば燥湿、半夏や茯苓と合わせれば化痰の作用が強まります。
・湿阻中焦:みぞおちの痞え、倦怠感、嘔吐、膩苔(舌苔が厚くてねばねば)など⇒平胃散
・痰湿壅肺:咳、痰(多い、白い、粘っこい)、胸苦しいなど。⇒二陳湯
青皮(せいひ)
ミカン科Citrus reticulataなどの成熟前の青い果皮
※成熟した果皮は「陳皮」や「橘皮」
【帰経】肝 胆 胃
【効能】疏肝破気 散結消滞
陳皮が脾・肺に帰経するのに対して、青皮は肝胆に帰経するのが特徴です。
①疏肝破気
破気とは理気作用が強いもので、気の流れを強く流通させるため、気滞のひどいものに使われます。
肝気鬱結、つまり肝経の気滞で、
胸脇部の張るような痛み、腹痛、イライラ、怒りっぽい、抑うつなどの症状に、柴胡や香附子などと用いられます。⇒柴胡疎肝湯
また、その気滞による瘀血や、肝鬱化火による乳廱(乳腺炎)、寒疝腹痛などに応用されることがあります。
②散結消滞
食積不化証、つまり食べ過ぎによる気滞で、腹満、腹痛、胃が痞えて悶えるくらい苦しい、くさいゲップ、呑酸などに。山査子、麦芽、神曲などの消導薬に配合して用いられます。
注意点
理気の作用が強すぎると気を消耗しやすいので、気虚の人は慎重に(→枳実の注意点も参照を)。
枳実(きじつ)
ミカン科ダイダイ(またはナツミカン)の幼果
- ダイダイの成熟前の果実は「枳殻」という。枳殻の効能も枳実と同様だが作用は緩やかになる。
- 成熟果実の果皮は「橙皮」という。芳香性苦味健胃薬として使える。
- 成熟果実は、鏡餅の飾りや、ポン酢、マーマレードなどに活用される。
【帰経】脾 胃 大腸
【効能】破気消積 化痰除痞
理気薬の薬性は温性のものが多いのですが、その中で枳実は例外的に微寒性です。熱証にも適します。
①破気消積
理気の作用が強く、食積を消す効能があります。消化管の内容物をすみやかに下ろし、お腹の腫れ、膨満を改善します。
- 肝気鬱滞の胸脇苦満や膨満感
- 食積(食べ過ぎ)による腹痛、腹脹、ゲップ
- 熱結の便秘による腹痛、腹脹
- 脾虚での食欲不振や食後の腹脹
- 湿熱の下痢による腹痛、腹脹
- 気滞血瘀の腹痛、腹脹
など、他の薬と配合して、腹脹証(お腹の張り)の症状に幅広く用いられます。例⇒四逆散、大柴胡湯、大承気湯、通導散
②化痰除痞
痰や湿の邪のために陽気が巡らず、胸部や心窩部(みぞおち)のつかえ、閉塞感などの症状に応用されます。例⇒竹筎温胆湯、茯苓飲、延年半夏湯
その他
排膿消腫のはたらきを助けるために配合されることがあります。例⇒排膿散及湯、清上防風湯
注意点
枳実や青皮には、交感神経刺激作用のあるシネフリンが含有されます。以前、ビターオレンジ(ダイダイ)のサプリメントがダイエット効果で注目されたこともあります。エフェドリンと類似構造をしていて、血管収縮作用、血圧上昇作用などが薬理学的に認められます。シネフリンは、ドーピング検査では禁止物質ではありませんが、(乱用されていないかどうかの)監視プラグラムの中には含まれているような物質です。柑橘系だから体には良さそうなイメージはありますが、体力の弱い人や妊婦さんは慎重に使用されてください。(漢方薬のエキス製剤に通常配合されている程度の分量であれば問題ありません。)
香附子(こうぶし)
カヤツリグサ科ハマスゲの根茎
※附子(ブシ)とは全く別の生薬です
【帰経】肝 三焦
【効能】疏肝理気 調経止痛
芳香がある。平性で、寒熱に偏らない。微苦で気を降するが、微甘で緩和もさせる。良薬です。
古典の生薬本『本草綱目』では、香附子は「気病の総司」(気の病の全てに適する)、「女科の主師」(婦人科疾患に対する素晴らしい薬)と称されています。
①疏肝理気
・肝気鬱滞(肝鬱気滞)の胸脇が脹って痛む、腹満、イライラ、憂鬱などのとき、柴胡や芍薬などと用いられます。⇒柴胡疎肝湯
・胃腸虚弱で気鬱のものに、陳皮や蘇葉などと用いられます。⇒香蘇散
・ストレスや気鬱によって食欲不振、みぞおちあたりがつかえる、などのときは縮砂や藿香などと配合されます。⇒香砂六君子湯
②調経止痛
月経不順や月経痛に用いられます。
肝気鬱結による(月経前などの)乳房や胸脇の脹痛にも適します。
当帰や川芎、木香などと一緒に配合されます。⇒女神散、芎帰調血飲
木香(もっこう)
キク科トウヒレン属植物(Saussurea lappa Clarke)の根
※野生種は絶滅が危惧されワシントン条約で国際取引が禁止されている
【帰経】脾 胃 大腸 胆
【効能】行気 調中 止痛
特有の強い芳香があり、健胃作用もあります。理気による止痛効果もあります。
陳皮などと同様、脾胃の気滞証(腹満、腹痛、悪心、嘔吐など)に適しています。
脾虚(胃腸虚弱で腹満、食欲不振)の者の気滞にもよく用いられます。例⇒帰脾湯、香砂養胃湯、参蘇飲
薤白(がいはく)
ユリ科のラッキョウやチョウセンノビルなどの地下鱗茎
【帰経】肺 胃 大腸
【効能】通陽散結 行気導滞
寒痰凝滞の胸痺や、瘀血の胸痺で、胸背痛、圧迫感、胸苦しい、または呼吸困難、咳、喀痰に、栝楼などと用いられます。例⇒栝楼薤白白酒湯
その他、胃腸の気滞証に使われます。
烏薬(うやく)
クスノキ科テンダイウヤクの肥大根
【帰経】肺 脾 腎 膀胱
【効能】行気止痛 温腎散寒
木香と同様に辛温性で似た効能ももちますが、作用は緩やかです。
寒凝気滞証の胸痛、胸悶、腹痛や、
気滞血瘀による腹痛、腹満、月経痛にも応用されています。⇒芎帰調血飲,芎帰調血飲第一加減
その他、腎陽虚による頻尿、遺尿(尿もれ)に用いられることがあります。
柿蒂(してい)
カキノキ科カキの果蒂(へた)
【帰経】胃
【効能】降気
胃気上逆の吃逆、いわゆるしゃっくりを止める薬として使われています。
柿蒂そのものは平性ですので、寒・熱・虚・実を問わず用いることができます。
柿蒂を配合する代表的な「柿蒂湯」は、胃腸を温める生姜や丁子と配合されるので、胃寒の吃逆(胃が冷えているときのしゃっくり)により適します。柿蒂湯→【第2類医薬品】ネオカキックス細粒「コタロー」 9包(Amazon)
胃熱、気虚、陽虚などの吃逆であればそれに応じた生薬と使用した方がいいでしょう。
川楝子(せんれんし)
センダン科トウセンダンの成熟果実
【帰経】肝 胃 小腸 膀胱
【効能】行気止痛 殺虫 療癬
肝気鬱滞証または肝胃不和証に用いられます。
熱性の胸脇部や胃部の疼痛、または呉茱萸などの温熱性の生薬と配合して寒性の疝痛に応用されます。
その他、駆虫の効果があります。※ただしその作用は果実よりも樹皮や根皮の方が強い。関連生薬⇒苦楝皮(くれんぴ)
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