平胃散(へいいさん)
生もの、冷たいもの、甘いもの、油っこいもの、アルコールなどを摂りすぎて、
それが、胃腸障害を起こすほどのものだった場合、
漢方では、胃腸(脾)に食べ物由来の「湿邪」が存在すると表現します。
「湿」の病邪がお腹にあることによって、胃腸の「気」の流れが阻害されて、
胃もたれや、胃の重だるい感じの痛みが起こります。
湿邪によって胃腸の働きが妨げられることは多く、「脾は湿を忌む」とよく言われます。
消化器の気の流れは、通常は上から下へ流れ、食べ物は食道→胃→小腸へと送られますが、
消化機能が弱くなると、みぞおちのあたりがつかえて、膨満感があります。食欲が落ちます。
胃の気が逆上してしまうと胃酸の逆流や、悪心・吐き気がみられます。
水分の吸収・排泄などが障害されて、下痢をすることもあります。
このような湿邪による胃腸障害に使われるのが「平胃散」です。
「平胃散」の構成生薬
「平胃散」の構成生薬は6種類。
- 蒼朮(ソウジュツ)または白朮(ビャクジュツ)
- 厚朴(コウボク)
- 陳皮(チンピ)
- 甘草(カンゾウ)
- 生姜(ショウキョウ)
- 大棗(タイソウ)
各生薬のはたらき
・お腹に滞っている「湿」を除く(乾かす)⇒[主に蒼朮]
消化管内の水分の吸収を良くします。
・気の流れをよくする⇒[主に厚朴・陳皮]
蠕動運動を促進するはたらきを期待しています。
そして、
・胃の調子を整える⇒[主に生姜・大棗・甘草]
という構成の処方となっています。
蒼朮・厚朴・陳皮はどれも芳香のある生薬(芳香健胃薬)で、吐き気を抑え、食欲を増す効果があります。
四君子湯との違い
消化器系の代表的基本方剤である四君子湯(しくんしとう)と比較してみましょう。
いずれも効能としては、食欲不振、胃もたれ、消化不良、腹部膨満感などに用いることがありますが…
平胃散 =厚朴・陳皮・(蒼)朮・甘草・生姜・大棗
後半の生姜・大棗あたりはどちらかというと味付けのようなおまけの生薬であって、大事なのは前半の生薬です。
四君子湯は、人参によって胃腸の働きの低下を補っているのに対して、
平胃散は、胃腸につかえているものを下に降ろし、湿邪(+食滞)を除こうとしています。
四君子湯は、体質的な胃腸虚弱のために食べられない食欲不振、胃もたれであり、
平胃散は、食べ過ぎによって胃腸障害をきたしている食欲不振、胃もたれです。
添付文書上の効能効果
【ツムラ】【オースギ】他
胃がもたれて消化不良の傾向のある次の諸症:
急・慢性胃カタル、胃アトニー、消化不良、食欲不振
【コタロー】
消化不良を伴う胃痛、腹痛、食欲減退、あるいは食後腹鳴があり、下痢しやすいもの。
口内炎、胃炎、胃アトニー、胃拡張
【薬局製剤】
体力中等度以上で、胃がもたれて消化が悪く、ときにはきけ、食後に腹が鳴って下痢の傾向のある ものの次の諸症:
食べ過ぎによる胃のもたれ、急・慢性胃炎、消化不良、食欲不振
平胃散の発展方剤
平胃散で、脾胃の症状を平らかにするわけですが、
これだけでは効果が弱い場合も考えられます。
平胃散をベースに含んでいる方剤が他にいくつか存在しますので押さえておきましょう。
胃苓湯(いれいとう)
食べ過ぎと飲みすぎによって、胃腸の調子をこわして、水っぽい下痢をしているようなときは、
平胃散だけでは不十分で、五苓散(ごれいさん)がよくプラスされます。
「平胃散」で脾胃の湿を乾かすのに加えて、
「五苓散」で余分な水を尿として排出します。
「平胃散」+「五苓散」⇒「胃苓湯」です。
加味平胃散(かみへいいさん)
市販のエキス製剤には、「加味平胃散」(かみへいいさん)というのがあります。
「平胃散」に、神麴、麦芽、山査子という消化を促進させる生薬(消導薬)が加えられている方剤です。
麦芽(バクガ):デンプン質(炭水化物)の消化を助ける。
山楂子(サンザシ):肉類の消化を助ける。
「平胃散」の消化の効果を強めるためにこれらの生薬が加えられていると思われます。
消化不良を起こして、腹部膨満感、臭いゲップ、酸っぱい液が上がってくるなどの症状があるときに用いられます。
その他
その他、平胃散の生薬ユニットが含まれている方剤たち
- 藿香正気散(かっこうしょうきさん)
- 五積散(ごしゃくさん)
- 不換金正気散(ふかんきんしょうきさん):平胃散+半夏・藿香
- 香砂平胃散(こうしゃへいいさん):平胃散+香附子・縮砂・藿香
- 香砂養胃湯(こうしゃよういとう):平胃散+四君子湯+もろもろ
平胃散の注意点・副作用
- 湿を乾かす作用の方剤ですので、もともと潤いの少ない方(陰虚や血虚の体質の方)は不必要に連用するべきではありません。
- 適応症に胃炎がありますが、胃酸過多によって胃痛、胸やけがあるときは、安中散(あんちゅうさん)か、もしくは他の胃薬(西洋薬)の方が即効性があります。
- または口内炎や胃炎など、炎症の傾向があるときの腹痛や下痢には、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)のような清熱薬が入る方剤の方が適します。
- 腹部膨満感、痞え感がひどいときは、茯苓飲(ぶくりょういん)なども検討されてください。
- 急性の症状にも慢性的な症状にも用いられます。長期に服用したり、他の漢方薬と併用するときは甘草の副作用に注意してください。
- 平胃散は全体として温性の生薬に偏ってはいますが、体質的な冷えが原因の腹痛や下痢には、別の漢方薬が必要です。
- お腹が張って苦しい時に、便秘ではないけれど便が出ればスッキリしそうだというときに、平胃散に調胃承気湯などを合わせて用いる、というようなこともあり得ます。
- 根本的には、甘いもの、油もの、生もの、アルコール類の摂取は控えめに。
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