半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう):HST
瀉心湯類の代表的方剤です。
瀉心湯の「瀉心」とは、心窩部(みぞおちあたり)のつかえを瀉して(取り除いて)スッキリさせる薬という意味です。
心(ココロ)のつかえを取る、という意味もあります。
胃~胸(みぞおち)のつかえを伴う消化器症状に広く用いられます。
漢方的には、体力は中等度~やや実証、
食欲はある、ないわけではない、が日常的なストレスが影響してか、
食べた後に胃もたれを起こす、胃がきちんと働いていないような感じがする、消化不良・軟便傾向である、
健康そうに見えるが日頃から胃薬を常用しているようなタイプの人に使われることが多い漢方薬です。
最近では、抗がん剤による副作用(口内炎、下痢)の軽減を目的に使われることも増えています。
半夏瀉心湯の出典
傷寒論(3世紀)
「傷寒五六日、嘔して発熱する者は、柴胡湯の証具わる。而るに他薬を以てこれを下す。柴胡の証仍ある者は、復た柴胡湯を与う。此れ已に之を下すといえども、逆と為さず。必ず蒸々として振い、却って発熱し汗出でて解す。若し心下満して鞕痛する者は、此れ結胸と為す成り。大陥胸湯之を主る。但だ満して痛まざる者は、此れを痞と為す。柴胡之を与うるに中らず。半夏瀉心湯が宜し。」
太陽病下篇 第149条
訳します。
→傷寒(急性熱性疾患)にかかって5.6日、嘔気があって発熱する者は、柴胡湯(小柴胡湯)の証がそなわっている。それなのに他の瀉下薬を用いて、下してしまいました。
1.それでもなお柴胡湯の証がある者には、また柴胡湯を与えればよい。すでに下したといえども、悪い影響はなかったのです。必ず体が蒸されるように振るわせて発熱して、汗が出て治ります。
2.もし、心下(みぞおち)が硬くなって痛むときは、これは結胸であるので、大陥胸湯(大黄・芒硝・甘遂)で治療します。
3.ただし、心下(みぞおち)が張っても痛みがないときは、これは痞であるので、柴胡剤を与えるのは適切ではありません。半夏瀉心湯が良いでしょう。
金匱要略(3世紀)
嘔して腸鳴り、心下痞する者は半夏瀉心湯之を主る 。
嘔吐噦下利病の脈証と治 第17
→吐き気があり、お腹がゴロゴロ鳴り、心下痞(胃のあたりに何かがつかえたような不快感)がある者は、半夏瀉心湯で治療します。
半夏瀉心湯の成分(構成生薬)
- 半夏(ハンゲ)
- 黄芩(オウゴン)
- 黄連(オウレン)
- 乾姜(カンキョウ)※
- 人参(ニンジン)
- 大棗(タイソウ)
- 甘草(カンゾウ)
※乾姜の代わりに生姜(ショウキョウ)を使っているメーカーもあります。
構成生薬の作用
- 半夏(・乾姜)→悪心、嘔吐を抑える
- 乾姜→脾胃を温める
- 人参→胃腸の機能を回復
- 黄芩・黄連→消炎、膨満感・つかえ・下痢を除く
- 大棗・甘草→蠕動亢進を調整(腹鳴、下痢を和らげる)
各生薬は簡単に言うと上記のような作用があります。
方剤の名前に含まれ、吐き気を抑える「半夏」と、瀉心湯類に共通の生薬である「黄連」の作用がポイントです。
その他の乾姜・人参・大棗・甘草などから消化機能を補って気力を増す(補脾益気)効果も期待できます。
なお、黄芩・黄連の「寒性」は、半夏・乾姜の「熱性」とで、寒熱のバランスがはかられています。
半夏瀉心湯が使われる症状・効能・効果
- 悪心・嘔吐、腹鳴下痢、上腹部(みぞおち)のつかえ、過敏性腸症候群(IBS)の下痢
急・慢性胃腸炎、胃下垂、胃弱、食欲不振、神経性胃炎、胃十二指腸潰瘍、醗酵性下痢、口臭 - ノロウイルス感染による下痢や吐き気
- 消化不良、胃もたれ、逆流性食道炎、胸やけ、げっぷ、しゃっくり(吃逆)、吐き気、二日酔い、乗り物酔い、口内炎、口角炎
- 神経症、精神不安、不眠症、つわり、神経性嘔吐
- がん化学療法または放射線療法による口内炎
- イリノテカン塩酸塩(抗がん剤)による遅発性の下痢
上記の症状に応用されることがあるという意味であり、すべての症状が半夏瀉心湯で治せる、ということではありません。 保険適応外の症状を含みます。
半夏瀉心湯のポイント
みぞおちのつかえ、または悪心嘔吐をともなう、軟便や下痢傾向の人に適します。
腹鳴(お腹にガスがたまってゴロゴロ鳴る)があるときのファーストチョイスとされていますが、腹鳴がなくても使えます。
(軽度であれば)感染性胃腸炎など、急性の下痢にも対応します。
寒熱(暑がりな人寒がりな人)によらず用いることができます。
抗生物質などの薬剤による胃腸障害に用いられることがあります。
脾胃不和(ひいふわ)について

半夏瀉心湯の適応は、「脾胃不和」の状態とされています。
本来であれば、胃は消化しながら食べ物を脾に降ろします。
脾は、体に必要なものをきちんと吸収して、栄養を必要な臓器へと引き上げます。
胃と脾は協力し合っていなければいけません。
しかし、降ろすはずの胃が、悪心・嘔吐という上逆の症状を起こし、
栄養を引き上げるはずの脾が、下痢という下降の症状を起こしています。
これが同時に起こっているので、胃気も脾気、寒熱も交わりません。
胃には軽度の炎症で熱があるけれど、胃腸は冷えて機能が低下して下痢がみられます。
心窩部(胃のあたり)に不快感が生じます。
瀉心湯(しゃしんとう)の「瀉心」作用
辞書によると「瀉」には、「からだの外に流し出す」という意味があります。
悪いものを体の外に追い出す、取り除くという感じです。下痢をさせる作用を瀉下(しゃげ)作用(下剤を瀉下薬)と言うときにも「瀉」を使います。
「心」は、心下部のことだと言われています。
心下痞(しんかひ)という、みぞおちあたりの痞え(つかえ)が起こりやすい部分のことで、つまりは場所的には胃のあたりを指しています。
瀉心湯という名前の漢方薬は、「半夏瀉心湯」以外にもいくつかありますが、
共通の作用として、
瀉心=胃のあたりの痞え感を取り除くものであるということができます。
心下痞という胃の痞え感というものは「気」によるもので、何か形のある物が実際に痞えているものを指すわけではありません。
「気」が滞っていることによる不快感が主体で、必ずしもお腹が張っているとか、押さえると痛いということではありません。(張りや痛みがあることもあります。)
からだの消化器を、上・中・下と分けたとき、
真ん中で「気」が滞ると、
そこよりも上の「気」は下に行けないので、上向きが強くなり、「吐き気や嘔吐」という症状になり、
真ん中よりも下の「気」が上には行けなくなれば、下向きへの作用が強くなり、お腹がゴロゴロ鳴る・下痢などの症状が現れます。
このときも、腹痛は伴わないことが多いようです。
ポイントのまとめ
胃よりも上は、熱がこもっているけれど、胃よりは下は、冷えて働きが悪くなっている状態に用いられます。
消化機能の低下や食欲不振のあるとき、急性・慢性の胃腸炎や、二日酔い、乗り物酔いなどに広く応用できる方剤です。
傷寒論の方剤ではありますが、急性熱性疾患以外に、胃薬として使う機会が多いです。
食べ過ぎた・お酒を飲んだ・ストレスを受けた、などがあって、
なんだか今日はお腹の調子が悪いな、
みぞおちや胃のあたりがつかえてる、
お腹がゴロゴロなって下痢しそうだな、
というときに「半夏瀉心湯」(はんげしゃしんとう)が使えます。
軟便や下痢に対して使われていることが多く、 市販薬にもタケダのストレージシリーズに「半夏瀉心湯」を使用した商品があります。
半夏瀉心湯の副作用・注意点
- 激しい腹痛を伴う下痢には適しません。
- 燥性がつよいので、胃陰虚の悪心・乾嘔には用いません。
(口渇、口燥、乾嘔、便秘など) - 半夏瀉心湯で一時的に自覚症状が改善したとしても、潰瘍などの器質的病変がある可能性も否定できないので、病院でも検査を受けられることをお勧めします。
- 苦味が少し強めの漢方薬です。お湯に溶いて服用する場合は、生のショウガのしぼり汁を混ぜると少し服用しやすくなるかもしれません。
- イリノテカンによる下痢には、服用開始直後に反射的に起こる早期性下痢と、代謝物によって数日後に発現する遅発性下痢があります。半夏瀉心湯は、イリノテカンの遅発性下痢の発現を抑制する機序が考えられています。(早期性下痢への効果はあまり期待できません。→抗コリン薬が使われます。)下痢を軽減するために、イリノテカン使用予定日の数日前から半夏瀉心湯が処方されることがあります。
- 一時的な胃の不調には半夏瀉心湯が用いられますが、普段から胃が弱い場合は、六君子湯などをまず考慮してください。
用法用量や使用上の注意は、医師・薬剤師の指示、または添付文書の説明を守ってください。
口内炎のときの飲み方(含嗽療法)
半夏瀉心湯の含嗽療法について・・・
がん化学療法の副作用による口内炎のときは、含嗽療法と言って、つまり半夏瀉心湯で「うがい」をして治療する方法があります。
飲み方は、コップ半分程度の常温水に半夏瀉心湯1包を攪拌し、数回に分けて口腔に含み、1回5秒以上ゆすぐように患部にあてます。うがい後は内服して下さい。(抗がん剤によって、もし吐き気が強くある場合は主治医にご相談ください。無理に飲み込まずに、うがいのみでも可かもしれません。)
口内炎に対して含嗽(うがい)で使用する用法は、きちんと承認されていて、
添付文書上も「口内炎に対して本剤を使用する場合は、口にふくんでゆっくり服用することができる。」と記載されています。
半夏瀉心湯の加減方
- 生姜瀉心湯:半夏瀉心湯の乾姜の量を減らし、代わりに生姜を加えたものです。生姜の制吐作用を利用して、特に悪心・嘔吐・げっぷ(曖気)、胸焼けがみられるときに適します。
- 甘草瀉心湯:半夏瀉心湯の甘草を増量したものです。鎮痙作用のある甘草を増やすことで、下痢や腹鳴がつよいときに適します。または、つよい精神症状を伴う場合に用いられることがあります。
- 黄連湯:半夏瀉心湯の黄芩を桂枝(または桂皮)に代えたものです。半夏瀉心湯と同じような症状にも使われますが、どちらかというと下痢よりも、冷えによる腹痛や胃痛、または胃炎・胸焼けや吐き気がつよいときに適します。
コメント