大建中湯(だいけんちゅうとう)の解説
中焦(腹部)を建て直す(建中)という、消化器機能を改善する方剤(建中湯類)のひとつです。
「〇〇建中湯」と名前のつくグループの中でもとくに、お腹を温めて消化器のはたらきを丈夫にする作用が強い(大きい)ため、大建中湯と名付けられています。
医療用エキス剤の製剤番号では100番。
最近では、イレウス(腸閉塞)の予防や治療に使う漢方薬として有名です。
お腹の冷えと、冷えによる腹痛に
もともと胃腸の弱い体質の人は、体を温める機能も低下しやすく、冷えに弱くなります。
また、胃腸が本来それほど弱くなくても、寒い環境で過ごしたり、冷たいものを摂りすぎたりすれば、お腹が冷えます。
寒い時にからだがブルブルっと震えだすのと同じように、お腹が急激に冷やされると、消化管がムクムクと動き出したり、けいれんを起こしたりすることがあります。
それによって激しい腹痛や嘔吐が生じることもあります。
そんな時に用いられるのがこの「大建中湯」です。
効能・適応症状
承認されている効能効果は製剤によって少し違っています。
添付文書上の効能・効果
医療用エキス製剤
【ツムラ】 腹が冷えて痛み、腹部膨満感のあるもの
【コタロー】 腹壁胃腸弛緩し、腹中に冷感を覚え、嘔吐、腹部膨満感があり、腸の蠕動亢進と共に、腹痛の甚だしいもの。胃下垂、胃アトニー、弛緩性下痢、弛緩性便秘、慢性腹膜炎、腹痛。
医療用エキス製剤のツムラとコタローでは適応症が異なっていて、便秘や下痢の効能が添付文書に記載されているのはコタローの方です。
薬局製剤(煎じ薬)
体力虚弱で、腹が冷えて痛むものの次の諸症:下腹部痛、腹部膨満感
適応となりえる疾患
実際には↓のようなものに応用されているのではないかと思います。
- お腹が冷えて痛み、腹部膨満感のあるもの
- 腹痛、嘔吐、下痢や便秘
- 過敏性腸症候群、鼓腸、胃けいれん、尿管結石、腎臓結石、胆石
- 慢性胃炎、慢性腸炎、腸重責症、虫垂炎、憩室炎、膵炎
- 腸管癒着による腸管通過障害、術後のイレウス、腸捻転
- 全身麻酔による手術後の排便異常の改善や予防、小児の術後の便秘症
- 化学療法やオピオイド系鎮痛剤による便秘
構成生薬とそのはたらき
大建中湯に使われている生薬は4つです。
- 山椒(サンショウ)
- 乾姜(カンキョウ)
- 人参(ニンジン)
- 膠飴(コウイ)
4つともお腹を温める性質をもちます。
山椒と乾姜は、辛味と刺激性があり、お腹の冷えを温める作用が強い生薬です。
消化管の血行を促進して、腸のぜん動運動を正常化させます。
人参と膠飴も、消化器のはたらきを助ける(健脾補気)とともに、鎮痛効果もあります。
また、その甘味によって山椒や乾姜の刺激性が抑えられます。
4つの生薬の組み合わせにより、
腸管の動きが悪いときには促進的に作用し、
逆にぜん動の過剰な動きには抑制的に作用する、
という漢方薬ならではの効果を示します。
これらの作用によって「大建中湯」は、お腹の強い冷えと、腸管の異常な運動による腹痛を緩和します。
1回分の服用量が多いのは膠飴のため
エキス製剤の場合、大建中湯は1回分の服用量が多い漢方薬です。
ツムラは通常1日量15.0g、コタローだと27.0gになります。
それは膠飴が配合されているからです。
膠飴とは、米から作られる水飴のようなものです。
それ以外の山椒・乾姜・人参は成分を濃縮した乾燥エキスですが、膠飴だけはその飴(アメ)を粉にしたものがそのまま含有されます。
よって膠飴の配合されている分量だけ、他の漢方薬に比べると服用量が多くなります。
ツムラ(医療用)とコタロー(医療用)で1日服用量に大きな差があるのは、膠飴の製法の違いがあるからだそうです。
効能効果の解説
便秘にも下痢にも使われるのは
消化器を温めて寒さを散らし、血液や水分の循環も良くなれば、その結果として便通も整います。
便秘には下剤、下痢には止瀉薬、ではなくて、
便秘でも下痢でも、お腹が冷やすいことが原因なのであれば、「大建中湯」はどちらでも使えます。
過敏性腸症候群の冷えが強いタイプの人に使われることもあります。
ぜん動運動が整えば、腸管内に停滞していたガスも流れ、下腹部の膨満感も治まります。
ただし、お腹が冷えていて下痢をしているときは、一般的には人参湯のほうが適します。
大建中湯と大黄甘草湯の違い
大建中湯は便秘に対しても使われますが、
便秘の漢方薬と言えば、大黄甘草湯がまず思い浮かぶと思います。
ですが、大建中湯と大黄甘草湯とでは、あきらかな違いがあり、使い分けなければいけません。
大黄甘草湯は冷やす漢方薬です。
腸の中に熱がこもって、便が乾燥して硬くなってしまい、便秘になっているときには、大黄甘草湯が適します。
大黄甘草湯に芒硝を加えた「調胃承気湯」も同様です。
手術後の腸閉塞(イレウス)にも
大建中湯には、消化管への血行促進と、腸の運動の正常化という作用がありますので、
外科領域では、開腹手術後の腸管癒着や腸閉塞(イレウス)の予防または治療に、大建中湯が非常によく用いられています。
術後で陽気が虚し、腸が冷えて動きが鈍くなったと考えれば、ぜん動運動の回復の目的で使用されるのも漢方的に理にかなっていますし、
そして、実際に使用して効果が認められています。
西洋薬にこの大建中湯ほどイレウスに対して効果のある薬が見つかっていないこともあり、この場合はあまり証(体質)などは考慮せずに使用されているかもしれません。
その他の意外な使い方
また腸に限らず、内臓平滑筋の痛みの緩和の効果に注目して、尿路結石や胆石の痛みに対して使われることもあります。(尿管結石の発作時に、芍薬甘草湯と大建中湯の併用で、など。)
古典の『金匱要略』(↓で解説します)に書かれている猛烈な腹部の痛みの正体は、当時は珍しくない寄生虫の回虫による腹痛だろう、という説もあります。
山椒には駆虫作用があるので、昔は回虫による腹痛にもよく使われていたらしいです。
使い方と使用上の注意
大建中湯のポイント
- すべて温める生薬で構成されており、ぜん動運動の調整にはたらく漢方薬です。
- 手足やお腹の冷えがあり、冷えると症状が悪化する(嘔吐をともなう)腹痛に適します。
- 冷えが原因であれば、便秘にも下痢にも用いることができます。
- 腸管の手術後の症状に用いる場合は、予防的に術後早期から処方されることがあります。術前投与のこともあります。
- 冷たい飲み物・食べ物、生もの、甘いもの、果物、酢の物などお腹を冷やしやすいものの摂取を控えることも重要です。
漢方薬だから効果は穏やかだと考えられがちですが、冷えによる腹痛には、30分から1時間くらいで効果があらわれることもあり、頓服でもよく効く場合があります。
副作用や注意点
1回の服用量が多いですが、初めは自己判断で減量せずに、指示通り服用してください。ただし、その後は症状に応じて加減してください。
基本的には「腹部の冷え」が前提として、陰虚・熱証には要注意です。効いているかどうか分からず漫然と継続するのは避けましょう。
山椒は七味唐辛子にも入っているピリリと辛い香辛料です。乾姜も多めに配合されています。膠飴によって多少マイルドになるのかもしれませんが、胃の粘膜が弱くて荒れやすい人、現に胃の粘膜が荒れている人が、空腹時に辛いスパイスを摂り続けるとどうなのか・・・消化管の粘膜への刺激が強すぎるのが心配な場合は、慎重に使用してください。
それから、肝機能異常が起こることが、他の漢方薬に比べてやや多いようなので、念のため注意が必要です。肝機能が低下している人はもちろんですし、そうでない人でも長期間服用される場合は定期的に採血で肝臓のチェックをされることをお勧めします。
※大建中湯との飲み合わせに注意が必要な糖尿病治療薬があります↓
煎じる場合、膠飴は最後に加えてください。膠飴以外を煎じたあと、出来上がった煎じ液に膠飴を溶かし入れます。(けっこう溶けにくいです…)
しかし、(メーカーにも確認しましたが)現在のところ、大建中湯を服用したことで血糖値が上昇したり、血糖コントロールが悪くなるという話は聞かないです。
煎じ薬は服用後に舌がピリピリする
エキス剤ではそこまでないですが、煎じ薬のときは特に、
山椒や乾姜の辛味成分の影響で、服用後、舌や口の中に、ピリピリとしたシビレ感が残ることがあります。
副作用ではありませんので心配はいりません。
服用後すぐに口の中を水ですすいだり、うがいをしたりすると軽減します。
他の消化器系の漢方薬との併用
大建中湯は、もともと虚証向きの方剤ですが
お腹の冷えを温めることの方に重点が置かれている方剤なので、
胃腸のはたらきを助けるため、下痢の時はさらに人参湯や桂枝人参湯が足されたり、
桂枝湯関連の桂枝加芍薬湯や小建中湯と併用して使われることもあります。(または桂枝加芍薬大黄湯)
「小建中湯」とは名前が似ていますが、ともに膠飴が含まれている以外に構成上の共通点はありません。
また、嘔吐があるときは呉茱萸湯、腹痛が強いときは安中散、お腹の張りや痞えが強いときは半夏厚朴湯など、症状に合わせて他の漢方薬も併用して使われることがあります。
市販の大建中湯
出典
大建中湯は、もともと3世紀の中国において『金匱要略』という書物に書かれていた漢方薬です。
金匱要略とは、慢性疾患の漢方治療マニュアルみたいなものです。
その金匱要略には次のように書かれています。
心胸中大いに寒痛し,嘔して飲食すること能はず,腹中寒(こご)え,上衝して皮に起り出で見れ,頭足上下に有り,痛みて触れ近くべからざるは,大建中湯之を主る。
腹満寒疝宿食病篇
解釈をつけると、
吐き気がして食べたり飲んだりすることができない。
腹中がこごえるように冷え、
腸がムクムクと動くのが張ったお腹の皮を通して見ることができて、
それが頭や足のある生き物が上下にうごめいているようにあり、
痛みで転げまわっていて近づけず、さすったりしてあげることもできない。
これを大建中湯が治す。
ということで、
大建中湯には、腸を直接刺激する大黄が含まれないとか、お腹を温めてくれる漢方薬である、などと紹介されて、慢性便秘に穏やかに効きそうだというイメージがあったかもしれませんが、
原典をみる限り、とても猛烈な症状に使用する漢方薬のようで、ただの便秘症に軽々と使っていいのか?という気になりますね。
ちなみに、『金匱要略』のその続きには、大建中湯を服用したあとは、お粥を飲ませなさい、これを服用する日はお粥を食べて温かくして休んでいなさい、というようなことも書かれています。
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