半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)の解説
半夏厚朴湯は、気うつを治す代表的な理気剤。
ストレスなどで乱れた「気」のめぐりを正常化する漢方薬のひとつです。
現代的には、自律神経のバランス(交感神経優位)を調節する薬とも言います。
のどに何かが詰まったような感じがする症状、いわゆる「梅核気」(ヒステリー球)に有効な薬として知られています。
生薬の構成
生姜・半夏・茯苓の3つで構成される「小半夏加茯苓湯」という漢方薬があります。
小半夏加茯苓湯は、吐き気、つわり、悪心に対して用いられている基本方剤です。
半夏厚朴湯はそこに理気作用のある(気の流れを良くする)生薬である厚朴・蘇葉を加えた構成です。
半夏厚朴湯はどんな時に使うか
半夏厚朴湯が適応する症状について。
- 小半夏加茯苓湯がベースにあるので、もちろん悪心や嘔吐にも用いられますし、
- 理気薬が配合されていますので、ストレス性のものや精神神経系の症状によく適していますし、
- 半夏や厚朴は、気滞とともに痰を除くはたらきがあるので、痰がからむ咳をともなう症状にも応用されることがあります。
ですので、半夏厚朴湯は気うつに用いられる有名な漢方薬ですが、心療内科や精神科だけでなく、内科、呼吸器科、消化器科、婦人科など様々な科で処方されています。
まとめますと、↓のような症状によく使われます。
- 不安神経症、ヒステリー、胸が苦しい、胸がつまる、過呼吸症候群
- 神経性胃炎、つわり(妊娠嘔吐)、神経性嘔吐、食欲不振、機能性胃腸症(FD)、上腹部の不快感
- 咽頭部の異物感(神経性食道狭窄症、咽喉頭異常感、梅核気、ヒステリー球、咽中炙臠など)
- 咳、咳払い、しわがれ声(嗄声)、声が出にくい、気管支喘息、気管支炎、百日咳、アレルギー性咳嗽、慢性咳嗽(痰が多い)、花粉症
- 不眠、恐怖症、神経衰弱、神経性頭痛、心臓の鼓動が気になる
- 誤嚥性肺炎の予防
添付文書上の効能効果
【ツムラ】
気分がふさいで、咽喉、食道部に異物感があり、ときに動悸、めまい、嘔気などを伴う次の諸症:
不安神経症、神経性胃炎、つわり、せき、しわがれ声、神経性食道狭窄症、不眠症
【クラシエ】【オースギ】他
気分がふさいで、咽喉・食道部に異物感があり、時に動悸、めまい、嘔気などを伴う次の諸症:
不安神経症、神経性胃炎、つわり、せき、しわがれ声
【コタロー】
精神不安があり、咽喉から胸元にかけてふさがるような感じがして、胃部に停滞膨満感のあるもの。通常消化機能悪く、悪心や嘔吐を伴うこともあるもの。
気管支炎、嗄声、咳嗽発作、気管支喘息、神経性食道狭窄、胃弱、心臓喘息、神経症、神経衰弱、恐怖症、不眠症、つわり、その他嘔吐症、更年期神経症、浮腫、神経性頭痛。
【三和】
精神不安があって咽喉から胸もとにかけて、ふさがるような感じがして胃部が重苦しく、不眠・恐怖感、食欲不振、咳嗽などを伴うものの次の諸症:
気管支喘息、気管支炎、百日咳、婦人悪阻、嗄声、胃神経症、更年期神経症、神経性咽頭痛、ノイロ—ゼ
【薬局製剤】
体力中等度をめやすとして、気分がふさいで、咽喉・食道部に異物感があり、ときに動悸、めまい、嘔気などを伴う次の諸症:
不安神経症、神経性胃炎、つわり、せき、しわがれ声、のどのつかえ感
典型的な症状
- 梅核気
- 咽中炙臠
- ヒステリー球
- 神経性食道狭窄症
- 咽喉頭異常感
など、呼び方は様々ありますが、いずれにしても、のどに何かが詰まったような感じがあるときには半夏厚朴湯がファーストチョイスとなります。
これは、のどや気道の神経が過敏になって起こる症状と考えられます。
いずれも異物感はあるけれど、
喉や食道の検査をしても異常はみつからず、
嚥下障害もなく、食べ物は普通に飲み込むことができます。
ですが、喉につかえている何かは、吐き出そうとしても出ませんし、飲み込もうとしてもなかなか下りてくれません。
体質・性格
半夏厚朴湯は、不安、イライラ、ヒステリーなど、ストレスや精神的な問題が原因の症状に使われることが多い漢方薬です。
性格としては神経質な人に多く、几帳面な性格が関係していることが考えられます。
いつからどのような症状が起こったかをこまかく手帳などに記録しており、病院に行くときは、その症状の起こった日付や時間のメモしたものを持って行くようなタイプです。すでに治っている症状まできちんと報告します。
初診の問診票にも、きちんとすべての項目を時間をかけてびっしりと書き込みます。 記入欄にラインが引かれていなくても、文字がきれいに並んでいます。
いつも過緊張ぎみで表情が硬く、自分の身体症状にも敏感になっており、 病院で検査を受けて「異常なし」と言われたとき、(通常であれば安心したと思うものだけれど、)もしかしたら検査でも分からないような特殊な病気なのではないかと逆に不安になることもあります。
刑事コロンボや古畑任三郎みたいに、普通の人があまり気にしないような些細なことや細かい矛盾点が気になって、(相手の都合よりも)自分が納得できるまで質問を重ねてしまうようなタイプの人もいます。話がひと段落して一度は帰りかけますが、伝え忘れたことや確認し忘れたことがあると、そのことが気になるのでまたすぐに引き返してきます。
食事をするときも緊張しながらなので、食べ物と一緒に空気を飲み込んでいて、お腹が張ってしまうような人もいます。
その他の症状
以上は精神的な要因がある症状ですが、
痰がからむ慢性の咳にも効果があります。 小半夏加茯苓湯と同様に、痰飲による胃気上逆(悪心・嘔吐)にも適します。
嚥下反射を改善させる効果があるので、誤嚥性肺炎の予防や治療にも使われています。
まれに、花粉症などの気道粘膜のアレルギー性疾患に対して、麻黄剤が(副作用のおそれがある等で)使えない人に用いられることがあります。
服用方法
用法用量について
通常の基本的な用法は、1日分を2~3回に分けて食前または食間に服用します。
使用する症状、年齢、体重によっては、その他の用法で指示されることもあるかもしれませんので、その指示に従ってください。
市販薬の場合は(ツムラやクラシエなど)商品によって1日の服用回数などが異なりますので、記載されている用法をよくご確認の上、ご使用ください。
もし食前や食間(つまり空腹時)ではなく食後に服用されたとしても半夏厚朴湯に関してはとくに問題はありません。
※半夏厚朴湯の市販薬(ドラッグストアでご自身で購入できるエキス製剤)は、医療用のものに比べて、配合されている成分に違いはありませんが、(安全性のために)配合されている1日のエキス量は少なめに調整されています。
味や香りについて
半夏厚朴湯は理気剤といわれ、「気」を巡らせる効果が期待されます。
配合されている厚朴や紫蘇などは、独特の芳香がありますので、
服用のときはその香りをかぐことで一層効果を高めることができます。
そういう意味ではエキス剤の場合はお湯に溶いて服用した方が、香りをよく感じられます。
ただ、香りは良くても、味はやや苦味があって、少し飲みづらくなるかもしれません。
味や香りが苦手な方は、顆粒のまま水で服用されても構いません。
また、外出先とか、仕事や家事で忙しいときなど、お湯をすぐに準備できないときは、無理せずに飲み忘れのないよう顆粒のままササっと服用を済ませる飲み方でも大丈夫です。
エキス剤か煎じ薬か
また、半夏厚朴湯の香りの成分に関しては、
エキス剤の場合は製造工程で一度煎じていますので、揮発性の成分の大部分は失われています。
生薬のエキスも香りも両方存分に摂りたいときには煎じ薬の方をオススメします。
煎じるのは確かに手間ですが、その煎じる工程ごとゆとりを持って味わっていただければと思います。
使用上の注意点
長期服用について
半夏厚朴湯は効果が出るまでどのくらい服用するべきか?
という質問に対しては、半夏厚朴湯は上に例を挙げたように様々な症状に対して使用されますので、一概に示すことはなかなかできません。
すぐに効いたと実感できることもあれば、しばらく服用してそういえば効いているのかもという感じのこともあります。
逆に、
悪心や嘔吐・つわりに関しては数日服用して効果がない場合、
それ以外の症状でも2~4週間きちんと服用したにもかかわらず改善がない場合は、
効いていない可能性が高いので、一度専門家にご相談ください。
やめどきは、ご自身の判断で構わないかと思います。
服用していた方が調子が良さそうだなというあいだは、服用を続けてください。
服用を忘れがちなのに症状の悪化が無いときが、やめどきかもしれません。
他の薬との飲み合わせについて
半夏厚朴湯は、他の薬を服用している場合も併用で問題になることはあまりありません。
また症状に応じて他の漢方薬とあえて併用されるケースもあります。
実際に、茯苓飲と合方したもの「茯苓飲合半夏厚朴湯」や、
成分の重複、効能の重複、または服用のタイミングなどで心配なことがあれば一度ご相談ください。
副作用
半夏厚朴湯は、基本的には長期間服用しても副作用の心配は少ない漢方薬です。
ただし過去に漢方薬などで発疹や痒みなどの副作用を経験されている方はあらかじめご相談ください。
また、漢方的な注意点として、
半夏厚朴湯は、小半夏加茯苓湯と同様、痰飲による(胃気上逆などの)病態に適する方剤で、燥性(乾かす作用)があります。
痰湿・痰飲の症候がない場合や、とくに陰虚(乾燥傾向)の人は長期の服用は気を付けなければいけないです。
のどに痰がなく、乾燥によって気道が過敏になっており、それで乾いた咳がでている場合は、麦門冬湯などの潤す作用を有する漢方薬を検討するべきです。
また、上に書いた(半夏厚朴湯と小柴胡湯が合方された)柴朴湯などは喘息には長期に使用することがあります。このとき、半夏厚朴湯は問題なくても少柴胡湯の方は著しく体力の低下している人には使えないということもあり注意が必要です。
出典
『金匱要略』(3世紀)
「婦人、咽中炙臠有るが如きは、半夏厚朴湯之を主る」
訳すと「のどに炙ったお肉がへばりついた感じがするときは、半夏厚朴湯で治療します。」です。
原典には婦人の症状としてありますが(当時は女性に多かったのかもしれませんが)もちろん女性に限ったものではありません。
現代でも、検査では異常がみられないのに(緊張やストレスによって)何か喉に詰まった感じがするときに、半夏厚朴湯がファーストチョイスとされるのは、この古典の教えが根本にあるからです。
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