~「湿熱」があるときの漢方薬~
茵蔯蒿湯は、もともとは肝胆の湿熱による黄疸を治す薬として使われていた漢方薬です。
ですが、現在では黄疸がなくても、肝胆または脾胃の「湿熱」を取り去る代表的方剤として広く応用されます。
湿熱(しつねつ)について
まず茵蔯蒿湯のポイントになる「湿熱」について触れておきます。
湿熱とは、湿と熱が結びついたものです。
例えるなら消化器がサウナのような蒸し暑い状態にあって、蒸された肝胆または脾胃が、そのはたらきを阻害されています。
考えられる症状は・・・
腹部や脇が張って痛い、便秘または下痢
発熱、尿の量は少なく色が濃い、口渇、
そして黄疸の出る可能性があります。
湿熱の原因は大きく分けると2つです。
- 外感病(主にウイルス感染)
- 甘いものや脂っこいものの食べ過ぎ、お酒の飲みすぎ
構成生薬
3種類の生薬で構成されています。
※第十七改正日本薬局方より生薬の表記は、茵蔯蒿→茵陳蒿へ変わっているようです。でも、漢方薬の製品名の文字は茵蔯蒿湯のままです。
茵陳蒿は、漢方では黄疸を治すためには必須の生薬とされており、もちろんこの漢方薬の主薬です。
生薬の薬性
茵陳蒿自体は少し寒性ですが、(温裏薬を配合したりして)寒熱虚実問わず、用いられます。
ただし、山梔子も大黄も清熱作用、つまり炎症を清して、その熱を体外に排泄するものです。
山梔子は湿熱を尿から排泄させ、
大黄は湿熱を大便とともに排泄させます。
よって茵蔯蒿湯の全体としては、体が冷えている人にはあまり適さない構成です。
黄疸に対する作用
黄疸は、寿命を終えた赤血球から出るビリルビンという色素が血液中に過剰になることで起こります。
通常、ビリルビンは肝臓で処理され、胆汁の成分となり、胆管を通って消化管に入り、大便とともに排泄されるか、一部は尿ととも排泄されます。
茵陳蒿と山梔子には利胆作用(胆汁分泌を促進するはたらき)があり、
そして山梔子と大黄とで、それを尿と大便から排泄させる。
ですのでこれらの配合は、湿熱だけではなく、ビリルビンを速やかに排泄するという面でも筋が通った配合です。
効能・適応症状
茵蔯蒿湯は、次のような症状に利用されることがります。
ネフローゼ、 じんましん、湿疹、皮膚の痒み、口内炎、吐き気
便秘、陰部掻痒感
添付文書上の効能効果
<医療用エキス製剤>
尿量減少、やゝ便秘がちで比較的体力のあるものの次の諸症:
黄疸、肝硬変症、ネフローゼ、じんましん、口内炎
【クラシエ】【オースギ】他
口渇があり、尿量少なく、便秘するものの次の諸症:じんましん、口内炎
【コタロー】※エキスカプセル剤
咽喉がかわき、胸苦しく、便秘するもの、あるいは肝臓部に圧痛があって黄疸を発するもの。
ジンマ疹、口内炎、胆のう炎。
<薬局製剤(煎じ薬)>
体力中等度以上で、口渇があり、尿量少なく、便秘するものの次の諸症:
じんましん、口内炎、湿疹・皮膚炎、皮膚のかゆみ
茵蔯蒿湯の応用
湿熱の原因で多いのが、甘いもの、脂っこいもの、又はアルコールの過剰摂取、暴飲暴食です。
舌を見て、黄色い苔がベットリ付いている人は要注意です。
黄疸のときの薬と説明されることがありますが、黄疸がない場合でも問題ありません。
歯科でも保険適用のある漢方薬であり、口内炎に対して処方されることがあります。
がん化学療法の副作用である口内炎に対して、半夏瀉心湯や黄連解毒湯が無効なときに、茵蔯蒿湯も使われる可能性があります。
また、肝切除や、胆道ドレナージなど、黄疸を呈する疾患の術後においても、減黄期間の短縮を目的に使用されることがあります。
胸脇苦満などがあれば、小柴胡湯や大柴胡湯と併用されることがあります。
茵蔯五苓散(いんちんごれいさん)との違い
茵蔯五苓散=五苓散(茯苓・沢瀉・猪苓・朮・桂皮)・茵陳蒿
「茵蔯蒿湯」と「五苓散」を合わせたものが「茵蔯五苓散」、ではありません。
「五苓散」に、茵陳蒿を加えたものが、茵蔯五苓散です。(⇒茵蔯五苓散の解説ページ)
茵蔯蒿湯は、山梔子・大黄の清熱薬メイン。
茵蔯五苓散は、五苓散という利水薬メイン。
よって、湿邪と熱邪があった場合に、
理論的には、
- 湿<熱のとき茵蔯蒿湯
- 湿>熱のとき茵蔯五苓散
ということになります。
しかし実際には湿と熱のバランスは天秤では測れませんので、どちらが適しているかの判断は難しいです。
ただ、茵蔯五苓散の方が寒熱虚実問わず使いやすいということもあり、 使用頻度としては茵蔯五苓散の方が多いように思います。
茵蔯五苓散を用いるのは、湿熱があり、浮腫や、尿量の減少がみられるとき
典型的な症状が、お酒を飲んだあとにでた蕁麻疹。
お酒を飲むと出る蕁麻疹というのは、 お酒を飲んで生じた湿熱を、内臓だけでは処理できず、体表からも出そうとしているものと考えます。
副作用・注意点
- 味は苦いです。
- 胃腸が弱くて、下痢をしやすい方には適していません。
- 黄疸が生じる原因には様々あります。肝障害、胆石、または血液の疾患等々。
いずれにしてもまずは必ず医療機関で検査を受けられてください。 - 黄疸の場合は、眼の白い部分も黄色くなります。
みかん、人参(キャロット)、かぼちゃ等を摂りすぎ時にも皮膚が黄色く見えることがありますが、この時、目は黄色くなりません。 - 便秘ではなくても、便がべっとりしていてスッキリしないという場合に用いられることがあります。
軟便や下痢のときには茵蔯五苓散などを考慮してください。 - もし長期に(数年以上)服用を続けることがあれば、山梔子が含まれているので、腸間膜静脈硬化症に注意しておく必要があります。
定期的に大腸カメラの検査をしておくことをおすすめします。
市販のエキス製剤には、錠剤タイプのものもあります。
出典
『傷寒論』(3世紀)
「陽明病、発熱し汗出ずる者は此熱越たり、黄を発すること能わざるなり。担だ頭のみ汗出で、身に汗無く、頸を剤えて還り、小便不利、渇して水漿を引く者は、此瘀熱裏に在るが為なり、身必ず黄を発す。茵陳蒿湯之を主る。」
→陽明病で、発熱し汗が出る者は、熱が汗とともに発散するので黄疸が出ることはないでしょう。
しかし、首を境にして、頭部にだけ汗が出て、身体に汗をかかず、小便は少ないが口が渇いて水を飲みたがる者は、消化管に熱が停滞してしまっているためなので、必ず黄疸がでます。
これを茵陳蒿湯で治療します。
「傷寒七八日、身黄なること橘子の色の如く、小便不利、腹微かに満する者、茵蔯蒿湯之を主る。」
→傷寒にかかり7~8日が経ち、ミカンの色のような黄疸が出て、尿が少なく、少し腹満する者は、茵蔯蒿湯で治します。(A型肝炎ウイルスによる急性肝炎が想定されます。)
(補足) ミカンの色のような鮮明な黄色であれば、陽黄といい、湿熱による急性の黄疸を疑います。
それに対し、もし黒ずんだ黄色の場合は、陰黄といい、脾の寒湿によるものとされます。
このときは大黄のようなもので下剤をかけたり、冷やしたりするといけなので、茵蔯五苓散や、茵蔯四逆湯などが用いられています。
『金匱要略』(3世紀)
「穀疸の病たる、寒熱して食せず、食せば頭眩し、心胸安からず、久久なれば黄を発し穀疸となる、茵陳蒿湯之を主る。」
→発熱や寒気がして食欲が無く、無理して食べればめまいがしたり胸部が不快になったりします。
この状態がしばらく続き、黄疸が出る穀疸の病のときは茵陳蒿湯を用いて治します。
コメント