十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)の解説
十全大補湯という名前について
名前の頭に「十」が付くのは、配合されている生薬の数が10種類だから、ということではありません。
「十全」とは、あらゆる側面で完璧、パーフェクト、という意味があり、
身体すべてを「十分に、万全に、大いに、補ってあげる」という思いが込められている漢方薬です。
ただし、10種類の生薬で構成されていることも間違いではありません。
なお、十全大補湯を声に出して呼ぶときには「じゅうぜんだいほとう」と言ってしまいますが、正しいフリガナは「じゅうぜんたいほとう」です。「た」は濁りません。
「気」と「血」を両方とも補う
十全大補湯⇒「気」と「血」を補う
疲労倦怠に用いる代表的な漢方薬に「補中益気湯」があります。
この補中益気湯が補うのは「中」、つまり消化器(脾)がメインで、一般には「気」を益すのが目的。
それに対して、「十全大補湯」は、気も血も両方補う必要があるくらい、元気がないだけでなく、栄養状態が悪かったり、顔色も悪い(血色がない)状態、
気血両虚証に対する代表的方剤です。
最近では、抗がん剤の副作用(倦怠感、骨髄抑制、脱毛、皮膚や爪の症状など)への対策としても使用頻度が増えています。
出典
『和剤局方』(12世紀)
生薬の構成
「血」を補う補血の基本処方である四物湯(当帰・川芎・芍薬・地黄)
「気」を補う補気の基本処方である四君子湯(人参・茯苓・白朮・甘草)
が入っていて、さらに、黄耆と桂皮が加わった構成です。
黄耆と桂皮が加わる漢方的な意義については、最後の方に解説します。(少し専門的な内容なので)
※白朮の代わりに蒼朮を使っているメーカーがあります。が、脾(消化機能)のはたらきを高める目的に使うなら本来は白朮の方が適しています。
十全大補湯は、「気」「血」を補うことができる漢方薬ということで、次のような症状に使われます。
効能・適応症状
- 食欲不振、胃腸虚弱
- 病後・術後・出産・出血後の体力低下、慢性疾患による衰弱、疲労倦怠、全身倦怠感、フレイル(加齢に伴う虚弱)
- 貧血、手足の冷え、低血圧、皮膚や口内の枯燥、アトピー性皮膚炎、褥瘡、口内炎、扁平苔癬
- 慢性肝炎、肝硬変
- 闘病中または病後の寝汗(盗汗)、遺精、神経衰弱
- 抗がん剤や放射線療法時の副作用の軽減
- 痔ろう、脱肛、(小児の)肛門周囲膿瘍
- (反復性)中耳炎など
添付文書上での効能・効果
病後の体力低下、疲労倦怠、食欲不振、ねあせ、手足の冷え、貧血
皮膚および粘膜が蒼白で、つやがなく、やせて貧血し、食欲不振や衰弱がはなはだしいもの。消耗性疾患、あるいは手術による衰弱、産後衰弱、全身衰弱時の次の諸症:
低血圧症、貧血症、神経衰弱、疲労けん怠、胃腸虚弱、胃下垂
貧血して皮膚および可視粘膜が蒼白で、栄養不良、痩せていて食欲がなく衰弱しているものの次の諸症:
衰弱(産後、手術後、大病後)などの貧血症、低血圧症、白血病、痔瘻、カリエス、消耗性疾患による衰弱、出血、脱肛
副作用や使用のポイント
血虚と気虚の症状に用いる
三大補剤(補中益気湯・十全大補湯・人参養栄湯)のひとつと言われ、主には体力が消耗している状態のときに使います。
血虚に対する四物湯、気虚に対する四君子湯が配合されていることから、
基本的には、気虚(気の不足)と血虚(血の不足)をともに改善したい場合に用いられます。
血虚:顔色が悪い、艶がない、皮膚の乾燥、または貧血などがみられる
胃腸障害の副作用に注意
地黄や当帰、川芎による胃腸障害(食欲不振、悪心・嘔吐、下痢)に注意が必要です。
特に地黄に関しては、胃もたれや下痢を起こす方が割とおられますので、初めて服用するときは気をつけておいてください。
食欲不振、下痢があるときは服用を控えてください。
まずは「四君子湯」のような漢方薬で、お腹のはたらきをきちんと改善させてから、十全大補湯を使用するのがいいかと思います。
倦怠感というと、気虚や血虚が原因のことが多いですが、時には、気滞や湿邪など別の原因のこともあります。その場合は当然ですが、他の方剤が必要になります。
長期服用の際や、他の漢方薬と併用するときは、甘草による副作用に気をつけてください。
用法用量や使用上の注意は、医師・薬剤師の指示、または添付文書の説明を守ってください。 |
闘病中の寝汗について
病中、病後の寝汗を訴えに対して十全大補湯が使われることがあります。
闘病によって、寝汗が増える理由・・・
漢方的な理屈では、
- 強い疲労で気が弱まると、血(けつ)の生産が少なくなります。また手術などでも血を失います。
- 通常、血が少なくなったときは、肝臓に貯蔵されている血を必要な部分に供給しますが、著しくて急な血の不足では、肝の血も不足してしまいます。
- 肝から心への血の補給が減ることとなれば、陰で滋潤することができず、相対的に心陽が盛んになり、これが夜寝汗をかきやすくなる原因になります。
そして、この場合「十全大補湯」でも適応します。
というのは、地黄・当帰・芍薬が肝血を補うとともに、黄耆で皮膚の汗腺を引き締めるからです。
さいごに、四物湯と四君子湯で、血と気を補うわけですが、そこにどうして黄耆と桂皮を加える必要があるのかについて補足します。(さらに中医理論的な話になります)
八珍湯と十全大補湯
補血薬の基本方剤である「四物湯」と補気薬の基本方剤である「四君子湯」、
まずこの二つを合わせたものを、八珍湯(はっちんとう)といいます。
4+4=8ですね。
「気」と「血」の両方が不足した状態、いわゆる「気血両虚」に対する薬です。「気」と「血」を両方補います。
歴史的には十全大補湯の方が先に登場しますが、「八珍湯」に、黄耆と桂皮(肉系)の2つを加えたものが8+2で、十全大補湯です。
気血双補の「八珍湯」を、補気の黄耆・補陽の桂皮で強化した処方と考えることができます。
黄耆・桂皮を加える意義
例えば、中医学の方剤に「当帰補血湯」(とうきほけつとう)というのがあります。
血虚発熱に使う、補血の方剤です。
月経過多、出産、性器出血、外傷、手術などの大量の出血があったことにより、顔面紅潮、体表の熱感、発熱、口渇、頭痛などがみられる場合に用います。
興味深いのは、構成生薬とその割合です。
黄耆30g:当帰6gの2種類でできた方剤です。
黄耆は「気」を補う薬、当帰というのが四物湯に入っている「血」を養う薬です。
明らかに黄耆の補気の割合が多いので、構成で考えれば、「黄耆補気湯」という名前でも良さそうなのに。
しかし、やはり当帰により補血するための処方と言う意味で「当帰補血湯」なのです。
この場合の黄耆は、気を補うためではあるけれど
これがあってようやく当帰の養血作用が活きてくることになります。
血を産生させるためには、まず気が充足していなければいけないという教えでもあります。
血の生じる源は脾胃であり、血の生成には脾胃の機能(気)がとても重要です。
黄耆+人参によって補気作用が強まり、それによって補血作用がより発揮されてくる。
「八珍湯」だけでも気・血をともに補いますが、黄耆を加えることは単なる補気の増強ではなく、とても大きな意義があります。
(なお、黄耆+当帰+人参の組み合わせは、補中益気湯も共通です。)
桂皮もまた、気血を補い巡らせる力を強める効果があります。
補陽の桂皮が入ることによって、気血両虚がすすめば生じるてくる、さむけ、手足の冷えなど虚寒(寒がる)症状にも対応することにもなっています。
コメント