腰痛の漢方薬
「長時間座っていると腰が重だるい」
「朝起きたときに腰が固まって動けない」
「湿布や鎮痛薬では良くならない」
──腰痛は日本人の多くが悩む症状のひとつです。
整形外科的な原因(椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症など)が明らかになるケースもありますが、多くは明確な原因が特定できない“非特異的腰痛”に分類されます。
一時的な痛み止めでしのいでも、再発を繰り返すことが多く、「体質の偏り」が背景にあることも少なくありません。漢方では、血流やエネルギー、腎のはたらきといった全身のバランスに注目し、腰痛を根本から改善していくことを目指します。
西洋医学の視点(背景)
腰痛の原因としては、椎間板・筋肉・靭帯などの器質的な要因のほか、姿勢不良、運動不足、加齢、肥満、心理的ストレスなどが複雑に絡み合っています。
MRIやレントゲンで異常が見つからないことも多く、生活習慣や心身のストレスが痛みを長引かせる要因となります。
リハビリや運動療法、薬物療法と並行して、体質改善の視点を取り入れることで、慢性的な腰痛にアプローチする道が広がります。
漢方の視点(体質から見た腰痛)
漢方では「腰は腎の府(ふ)」と呼ばれ、腎の働きと密接に関わると考えられています。
腎は、生命エネルギーを蓄える“先天の本”であり、成長・発育・生殖・老化に関与する大切な臓です。
加齢によって腎の力が衰えると、足腰のだるさや冷え、腰痛が現れやすくなります。
つまり、腰痛は単なる筋肉や骨の問題ではなく、体全体のエネルギーや巡りの不調が現れているサインといえるのです。
腰痛の原因を漢方的に整理すると、大きく「内因」と「外因」に分けられます。
内因による腰痛(体質由来)
1.腎虚(腎陽虚・腎陰虚)
腎の働きが弱っている状態です。
腎陽虚では、腰の冷えと痛みが特徴的です。寒さで悪化し、温めると楽になります。下半身の冷え、頻尿、むくみ、倦怠感を伴うことが多いです。
腎陰虚では、腰のだるさや鈍い痛みが長く続きます。午後や夜になると悪化し、ほてり、のぼせ、寝汗、耳鳴りなどを伴うこともあります。
2.瘀血(おけつ)
血流が滞って腰部の循環が悪化し、慢性的で刺すような痛みが続きます。夜間や寒冷時に悪化しやすく、局所の冷えやしこり感を伴うこともあります。女性では月経痛が強い、月経血に塊が混じるといったサインが出やすいです。
なお、月経痛に伴って腰痛が強く出る場合は、婦人科領域の体質と密接に関わっていることが多いため、詳細は[月経痛の漢方薬]のページもあわせてご参照ください。

3.気滞(きたい)
ストレスや精神的緊張によって気の巡りが滞ると、腰に張ったような痛みが生じます。痛みは一定ではなく、イライラや胸のつかえ、ため息といった自律神経的な症状を伴います。
4.脾虚(ひきょ)
飲食の不摂生や疲労で消化吸収の力が弱まり、気血を十分に生み出せない状態です。腰を支える力が不足してだるさや鈍痛を感じます。疲れやすい、下痢・軟便、食欲不振なども目立つサインです。
外因による腰痛(環境由来)
1.風湿(ふうしつ)
湿気や風の影響で、腰が重だるく痛むタイプです。天候の変化、特に雨天や梅雨時に悪化しやすく、動かすとこわばりを感じます。
2.寒湿(かんしつ)
寒さや湿気が腰に入り込んで血行を妨げるタイプです。冷えると痛みが強まり、温めると楽になるのが特徴です。関節や筋肉が重く固く感じられ、下半身の冷えやむくみを伴うこともあります。
まとめ
漢方では、腰痛を「腎の衰え」による内因性のものと、「風・寒・湿」といった環境要因による外因性のものとに分けて考えます。どちらの影響が強いのかを見極めることで、より適切な処方を選ぶことが可能になります。単に腰に湿布を貼るのではなく、体の根本にある偏りを整えることが、慢性的な腰痛改善の近道です。
腰痛に用いられる代表的な漢方薬
内因による腰痛(体質由来)
腎虚(腎陽虚・腎陰虚)
- 八味地黄丸(はちみじおうがん)
…腎陽虚に用いられやすい代表的処方。腰や膝の冷えと痛み、頻尿、夜間尿などを伴う場合に適します。 - 牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
…八味地黄丸に似ていますが、下肢のしびれや浮腫を伴う場合に使われることがあります。 - 六味地黄丸(ろくみじおうがん)
…腎陰虚タイプ。腰のだるさ、口の渇き、ほてり、耳鳴り、寝汗などを伴う場合に適します。
瘀血タイプ
- 治打撲一方(ぢだぼくいっぽう)
…打撲・挫傷後の血の滞りによる腰痛や慢性の鈍痛に。局所に熱感や腫れを伴う場合にも。 - 通導散(つうどうさん)
…瘀血が強く、便秘や下腹部の張りを伴う腰痛に。体格がしっかりしていて、のぼせやすい方に適することがあります。
気滞タイプ
- 柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
…ストレスや自律神経の乱れによる腰痛に。肩や背中のこわばり、胸のつかえ、胃腸症状を伴うことがあります。 - 加味逍遙散(かみしょうようさん)
…特に女性に多い肝鬱気滞の腰痛に。月経前や更年期症状を伴う場合に適します。
脾虚タイプ
- 補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
…気力体力の不足で腰を支える力が弱い人に。疲労倦怠感が強く、食欲不振がある場合に適します。 - 十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
…脾虚+血虚でエネルギーも血液も不足している場合に。長引く慢性腰痛や体力低下を伴うときに選ばれます。
外因による腰痛(環境由来)
風湿タイプ
- 薏苡仁湯(よくいにんとう)
…関節や筋肉の痛み・こわばりに。湿気が強く、動かすと痛みが増す腰痛に。 - 麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)
…湿気や炎症による腰痛や関節痛に。雨の日や湿度で悪化するタイプに用いられます。
寒湿タイプ
- 苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)
…冷えと湿気で腰が重だるく、温めると楽になる腰痛に。下半身の冷えやむくみを伴う場合に適します。 - 桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)
…寒さと湿気による関節・腰の痛みに。冷え性で、痛みが強まる場合に選ばれることがあります。
まとめ
腰痛といっても、腎の衰え(腎虚)、血流の滞り(瘀血)、ストレスや気の停滞(気滞)、消化機能の弱り(脾虚)など 内因性の要素 と、風・寒・湿といった 外因性の要素 が絡み合うことで多彩に現れます。
内因性腰痛:体質を立て直すことで、再発しにくい状態を目指します。
外因性腰痛:気候や環境要因に応じて、体の巡りを整え、外からの影響を退けることを重視します。
また、慢性腰痛に幅広く使われる処方として、五積散(ごしゃくさん)や疎経活血湯(そけいかっけつとう)、独活寄生湯(どっかつきせいとう) もあります。これらは複数の要因が絡む腰痛に対応できる処方で、実際の臨床でもよく検討されます。
腰痛改善のための生活養生
漢方薬で体質を整えると同時に、日々の生活習慣を見直すことも腰痛の改善には欠かせません。腰痛は「腎」と深く関わるため、冷えを防ぐ・無理をしない・気血の巡りを良くすることを意識することが大切です。
体を温める:
腰痛の多くは冷えで悪化します。腰や下半身を冷やさないよう腹巻きやカイロを活用し、入浴はシャワーだけでなく湯船に浸かって血流を促しましょう。とくに腰から下半身をじんわり温めることで、腎の働きを支える効果が期待できます。
適度に動かす:長時間の同じ姿勢は腰に負担をかけます。デスクワークでは1時間に一度立ち上がって背伸びや腰回しをし、筋肉の緊張をゆるめましょう。ウォーキングなどの軽い有酸素運動は血流改善にも効果的です。過度な安静は筋力低下を招くため避け、できる範囲で「動かす」ことを意識します。
食養生:腎を養う黒豆・黒ごま・黒きくらげ、山芋、クルミ、いわしなどを日常の食事に取り入れると良いでしょう。また、冷たい飲食は避け、温かいスープや煮物を中心にした食事を心がけます。胃腸が弱っている方は、消化にやさしいおかゆや煮込み料理が向いています。
睡眠と休養:腎の力は夜間の休養によって補われます。夜更かしを控え、しっかりと睡眠をとることが慢性腰痛の改善に直結します。就寝前のスマートフォン使用を控え、深呼吸やストレッチで副交感神経を高めると質の良い眠りにつながります。
心身のストレスケア:気滞タイプの腰痛に代表されるように、ストレスも腰痛を悪化させます。深呼吸や瞑想、趣味の時間を持つなど、自分なりのリラックス法を取り入れましょう。
脊柱管狭窄症について(補足)
腰痛の原因のひとつに、脊柱管狭窄症があります。加齢などにより背骨の神経の通り道(脊柱管)が狭くなり、神経を圧迫して腰の痛みや下肢のしびれ、歩行困難(間欠性跛行)を引き起こす疾患です。
漢方では、狭窄による症状そのものを治すというより、血流の滞り(瘀血)や腎の衰え(腎虚)を整えて神経や筋肉の回復を助けることを目的とします。症状が強い場合は整形外科での診断・治療が必要ですが、慢性的に続く腰痛やしびれの体質改善を兼ねて漢方を併用することが可能です。
詳しくは[神経痛の漢方薬]のページもあわせてご覧ください。
関連症状:ぎっくり腰(急性腰痛症)について
「ぎっくり腰(急性腰痛症)」は、重いものを持ち上げたときや急に体をひねったときなどに、突然腰に強い痛みが走る状態を指します。西洋医学的には、腰の筋肉や靭帯に急な負担がかかって炎症が起きたものと考えられ、安静や湿布、鎮痛薬での対症療法が基本となります。
漢方では、ぎっくり腰を「外因による急な邪気の侵入」ととらえ、特に寒湿や瘀血が一気に腰に停滞した状態と考えます。症状が急激に出るため、慢性的な腰痛に使う方剤とは異なり、急性期に即効性を期待して用いる処方が検討されます。
代表的な漢方薬(例)
- 苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう):寒さや湿気によって腰が重く痛むタイプに。動くと痛みが強まるときに。
- 桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう):冷えて強張った腰痛に。温めると楽になる場合に用いられることがあります。
- 治打撲一方(ぢだぼくいっぽう):打撲や捻挫に使われる処方で、外傷的なきっかけから生じた腰痛に。
- 芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう):突然腰の筋肉がつって動けなくなるようなぎっくり腰に用いられることがあります。
養生のポイント
ぎっくり腰の急性期は無理に動かさず、まずは安静を優先します。痛みが強い直後は冷却で炎症を抑え、その後は温めて血流を促すと回復が早まります。痛みが落ち着いたら、再発防止のために腰回りの筋肉を整えるストレッチや姿勢改善が大切です。
急性腰痛と慢性腰痛の違い
分類 | 特徴 | 主な症状 | 漢方での捉え方 | 代表的な処方例 |
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急性腰痛(ぎっくり腰) | 突然の動作や負担で発症し、炎症や筋肉の損傷が関与 | 激しい腰の痛み、動けない、炎症・熱感を伴うこともある | 外因(寒湿・瘀血)の急な停滞として捉え、炎症や筋緊張を和らげる | 苓姜朮甘湯、桂枝加朮附湯、治打撲一方、芍薬甘草湯 など |
慢性腰痛 | 長期間続く腰の痛み。再発を繰り返しやすい | 鈍痛、だるさ、冷え、しびれ、体力低下を伴うことが多い | 内因(腎虚・瘀血・気滞・脾虚)を中心に、体質の偏りを整える | 八味地黄丸、六味地黄丸、補中益気湯、治打撲一方、通導散、五積散、疎経活血湯 など |
