白朮(びゃくじゅつ)と蒼朮(そうじゅつ)
漢方薬に配合されている生薬の「白朮」と「蒼朮」。
ふたつをまとめて「朮」と呼ぶこともありますが、生薬としてはそれぞれ別のものとして扱われています。
しかし漢方の歴史的には使い分けが曖昧で混乱が多い生薬のひとつで
現在でも、同じ漢方薬なのにメーカーよって白朮が入っていたり蒼朮が入っていたりすることがあり、よく議論になります。
なぜそのようなことが起きてしまっているのでしょうか。
植物の違い
白朮とは
白朮は、キク科の
オケラAtractylodes japonicaの根茎(和白朮)
または、
オオバナオケラAtractylodes macrocephala (Atractylodes ovata)の根茎(唐白朮)
とされています。
日本で主に流通しているのはオケラ(和白朮)の方です。
※中国での白朮はオオバナオケラだけです。
※Atractylodes ovataは、中薬学の教科書ではオオバナオケラですが、植物和名学名インデックス(YList)ではオケラとされています。
オケラは日本では昔から身近な植物でした。
- 自生しているオケラの新芽を山菜として食する
- オケラをいぶした煙で虫よけや、蔵の消毒に使用する
- 正月のお屠蘇の原料のひとつとして
- 京都の八坂神社の「おけら祭」など
主要成分はatractylon(アトラクチロン)で、
蒼朮の主要精油成分であるβ-eudesmol、hinesolは含有されません。
蒼朮とは
蒼朮は、キク科の
ホソバオケラAtractylodes lanceaまたはAtractylodes chinensis
またはそれらの雑種の根茎
とされています。
江戸時代には日本に持ち込まれて佐渡で栽培されていたもの(サドオケラと呼ぶ)がありましたが、
現在は生薬として日本産のものは流通していません。
※中国の中薬大辞典には、日本の白朮であるオケラAtractylodes japonicaは、蒼朮の一部に分類されています。
主要成分はatractylodin(アトラクチロジン)やβ-eudesmol(β-オイデスモール)、hinesol(ヒネソール)で、
白朮の主要成分であるatractylonを含まないか極微量しか含有されない、という点で科学的な鑑別がなされます。
根茎の色は、白朮が白っぽいのに対して、蒼朮は(蒼くはないですが)黒っぽいです。
特に、β-eudesmolやhinesolの油分を含有していることによって
蒼朮を密閉した容器に入れておくと、生薬の表面にそれらが白い綿状の結晶として析出されます。
これがよくカビと間違われることがあるのですが、蒼朮である証(あかし)のひとつです。
植物的な混乱
ということで、生薬としては色、見た目、香りなど外観的にも、また成分的にもかなり明確な違いがある一方で、
日本と中国で定めている基原植物が(明確にではなく)微妙に異なっているという問題点があります。
よって中国の「蒼朮」や「白朮」の記述をそのまま単純に日本に応用するのには注意が必要です。
効能の違い
白朮・蒼朮ともに、健脾作用と燥湿作用という共通の作用をもちますが、
生薬として区別されているように、効能にも違いがあります。
白朮の効能
主な効能として、白朮は(蒼朮よりも)健脾作用に優れるとされています。
中薬では補気薬に分類されます。
脾を補って(消化器の機能を高めて)気を益します。
例えば、胃腸の虚弱な人に用いる六君子湯に配合されます。
また、気を補うことで、止汗(過剰な発汗を抑える)にもはたらきます。
虚証で汗をかきやすく体温調節が苦手で疲れやすい人に適しています。補中益気湯にも配合されます。
蒼朮の効能
主な効能として、蒼朮は(白朮よりも)燥湿作用に優れるとされています。
中薬では芳香化湿薬に分類されます。
湿邪(からだの余分な湿気)を取り去る目的で配合されます。
特異な芳香があり、発汗にもはたらきます。湿を発散させるというイメージです。
例えば関節にある湿邪で起こる痛みに用いる桂枝加朮附湯、疎経活血湯などに配合されます。
使い分けしなくても問題はないのか
健脾と燥湿と、主となる作用が異なるのに、使い分けが曖昧のままでもそれほど大きな問題になっていない点を少しフォローします。
脾(胃腸)の機能が改善すると、その結果として水分の代謝が良くなって利水効果につながり、湿邪が除かれます。
逆に、湿邪を除くと、その結果として脾(胃腸)のはたらきも良くなるので、結局は健脾になります。だから、
白朮は、健脾の効能によって燥湿もする
蒼朮は、燥湿の効能によって健脾にもなる
という理屈です。
この相乗効果を狙って、白朮と蒼朮を両方とも配合することもあります。
例えば、二朮湯や半夏白朮天麻湯、胃苓湯などです。
古典の記述について
まず、中国の最古の本草書(薬草辞典)である『神農本草経』や、
『傷寒論』『金匱要略』などの医学書においては、たんに「朮」としか記述されていません。
だからこれらに登場する漢方薬はそもそも、白朮を使うべきか蒼朮を使うべきかは明確ではなく、どちらの朮が正しい、とかはありません。
現在でもよく五苓散や防已黄耆湯などはどちらが良いかというのは悩みどころです。
その後の古典においては、蒼朮や白朮の記述が出てはきますが、
ただ、その当時は何をもって白朮と蒼朮とを区別しているのか、基準が統一されていませんので、
その古典の時代ごとに様々な混乱ぶりがみられることになります。
日本での経緯
日本では、江戸時代の漢方医である吉益東洞(1700年代)が『薬徴』で、
「朮の利水作用は蒼朮の方が白朮よりも優れるので、私は蒼朮を使う」と残しています。
以後、吉益東洞の流れを汲む「古方派」といわれる、基本的に古典に書かれていることを模範とする流派は、蒼朮を選択する傾向になります。
幕末の頃になって、漢方医である浅田宗伯(1800年代)が、
「発汗除湿には蒼朮が優れるが、理中利水の力は白朮には及ばない。各々適宜使い分けるべきだ」と主張します。
で、現在…
『日本薬局方』ではきちんと別の生薬として収載はされていますが、歴史的には使い分けが混乱していることが多いために、
『一般用漢方製剤製造販売承認基準』においてさえ、
白朮か蒼朮かを明確にできない漢方薬では、
「蒼朮(白朮でも可)」「白朮(蒼朮でも可)」「白朮または蒼朮」といったようなあいまいな記載がなされています。
つまり製造する側に任されていることになります。
ちなみに、「薬局製剤指針」においてはこの場合「白朮」が採用されているので、
漢方薬局がこの指針通りに薬局製造販売医薬品として煎じ薬を調合するときは、基本的に白朮が用いられます。
まとめ
漢方メーカーでは例えば、○ムラや○チダなどは、同じ漢方薬で他のメーカーが白朮であっても、あえて蒼朮を採用している傾向があります。
それは、決して間違っているわけでも、違いが分からずにいい加減に選んでいるわけでもないでしょう。
それぞれのメーカー毎の特徴というか、模範としている古典から先人たちの流儀を継承してきているというポリシーみたいなことではないかと感じます。
あとは、実際にその漢方薬を使う側が、症状に応じてより効果がある方を、使い分けができればいいのだろうと思われます。
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