酸棗仁湯(さんそうにんとう)の解説
酸棗仁湯は、おもに不眠に用いられる漢方薬です。別名:酸棗湯(さんそうとう)
ただし不眠といっても、酸棗仁湯が適する不眠は
・体力や気力が消耗していて眠れない
・疲れているのにかえって眠れない
など
もともと虚弱な方や、長期間の療養、または加齢に伴い症状が出やすくなる、
体力が落ちている人に多い不眠です。
そして酸棗仁湯は、睡眠導入剤のように、不眠時にとん服で使うというような薬ではありません。
睡眠剤とは異なる漢方的な効果について解説します。
効能・適応症状
酸棗仁湯は、↓のような症状に用いられる漢方薬です。
不眠、不安障害、神経症、ノイローゼ、多夢、悪夢、盗汗(寝汗)、自律神経失調症、嗜眠など
添付文書上の効能効果
【医療用エキス製剤】(ツムラ他)
心身が疲れ弱って眠れないもの
【薬局製剤・第2類医薬品】
体力中等度以下で、心身が疲れ、精神不安、不眠などがあるものの次の諸症:不眠症、神経症
適応症状の補足
適応症状についてもう少し詳しく説明しますと、酸棗仁湯が使われるのは次のような人です。
イライラや焦燥感、のどや口の渇き、ほてり、寝汗など(熱証)をともなうことがあります。
効能としては「眠れないもの」によく用いますが、酸棗仁湯は睡眠導入剤ではありません。 睡眠薬の代わりとして使ってみて、睡眠薬との効果の比較ができるものではありません。(睡眠剤との併用は可能です)
ある程度長期的に服用して、少しずつ睡眠の質を改善する漢方薬と言った方がいいかもしれません。
また、睡眠を正常な状態に安定させる薬であるので、眠れない場合(不眠)だけでなく、眠り過ぎたり、昼間も眠くて眠くて仕方がなかったりと言われる場合(過眠)にも使われることがあります。
依存性はありません。
漢方理論的な効果の解説
出典
『金匱要略』(3世紀)に登場します。
「虚労し、虚煩して眠るを得ざるは、酸棗湯之を主る」
構成生薬
処方名にもなっているように、酸棗仁が主薬で配合量が多いです。
酸棗仁とは…
- 大棗と同じくクロウメモドキ科
- ナツメ(棗)よりも酸味があるサネブトナツメの種子(仁)
- 果実は小さくてナツメのように食用にはなりません(実が大きくなる棗が「大棗」です)
- 中枢神経を抑制し、鎮静、催眠作用をあらわし、精神不安を改善します
- 帰脾湯や加味帰脾湯、温胆湯などにも配合されます。
「肝」と「心」について
酸棗仁湯の効能を分かりやすくするため、先に中医学の概念的な前置きを・・・
まず「肝」には血を貯蔵するという機能があります。
血は、活動時においては全身の各所に分布し、必要な栄養を供給して巡っていますが、
睡眠や休みのときには、血の一部はまた肝に帰り貯蔵されます。
夜は血が肝へ帰ることで安眠できると考えます。
全身に巡らせる血液の量を適切に調整するのもまた「肝」によるものです。
そして「血」を介して、「肝」と「心」のはたらきは関わりあっておりまして(五行説では母と子の関係)、
肝は血を貯蔵し、肝の貯蔵している血が適切に心を養い、心によって血は全身に送られます。
もし、肝血が不足したとき(肝血虚)、血液量の調節ができず、次に心血虚を起こす原因となります。
肝血の不足は、慢性疾患や、精神疲労、または、栄養障害などにより起こります。
心血虚となれば、不眠のほかに、驚きやすい、不安感、健忘、めまい、頭がふらつく、動悸などの症状として現れるようになります。
上に記載した『金匱要略』では「虚労し、虚煩して眠るを得ざるは、酸棗仁湯之を主る」ですから、
つまり、(虚労して)肝血や心血が不足するとともに、心や肝の虚熱による煩躁(精神不安)をともなって、不眠が起こっているときには、酸棗仁湯が適するということです。
各生薬のはたらき
酸棗仁は、心や肝の血を補います。
川芎は、肝の血の流れを良くします。
知母は、(陰虚による)熱を冷やします。(体温を下げて、交感神経→副交感神経への切り替えがスムーズになります)
「肝の血」により「心」は養われているので、これらのはたらきによって、心は安定し、興奮を鎮めていきます。
茯苓も酸棗仁とともに精神を安定させるはたらきがあります。
また、甘草と酸棗仁(甘味と酸味)で、陰を養います。(酸甘化陰といいます)
これらの鎮静にはたらく生薬の組み合わせにより、心身の疲労時の不眠や煩躁の改善に作用していきます。
副作用・注意点
不眠時にだけ(頓服で)使用するという飲み方は、本来の酸棗仁湯の目的には合いません。
昨日は眠れたけど、今日は眠れない、などムラのある不眠も、酸棗仁湯の適応ではありません。
睡眠導入剤のような眠りは期待できません。不眠時だけ服用したいのであれば、むしろ抑肝散、黄連解毒湯などの他の漢方薬がいいかもしれません。
しかしながら、酸棗仁湯服用後にも眠気が起こる可能性はありますので、生活に支障のないように調節してください。
副作用の一つに「下痢」があり、下痢のときや、下痢しやすい人は注意が必要です。
主薬の酸棗仁の配合量が多く、その酸棗仁に少しだけ瀉下作用があるため、
もしくは、寒と潤の性質がある知母が配合されているためだと思われます。
下痢をして服用できない場合は、加味帰脾湯などを検討しましょう。
なお、市販されている「漢方ナイトミン」や「ホスロールS]という商品も「酸棗仁湯」です。なのでこれもあまり即効的な効果を期待しすぎないでください。
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