炙甘草湯(しゃかんぞうとう)
動悸・息切れに対する代表的な漢方薬で、復脈湯(ふくみゃくとう)という別称があります。
適応症の中に、不整脈や心不全などもありますが、何か特殊な生薬が配合されているわけではありませんし、
また、炙甘草(しゃかんぞう)とは甘草を炙(あぶ)った、または炒めたものですが、炙甘草湯の中の甘草だけが、特別な方法で炙られたわけでもなく、他の方剤でも炙甘草は使われます。
それでは、炙甘草湯の動悸や息切れに対する効果とはどういうものなのかについて解説します。
漢方的には、心気陰両虚に適している方剤で、もともとは、熱病(急性の感染症)などによって脱水症状、循環血量の減少があり、脈の乱れを起こしたときの漢方薬です。
のどの痛みに用いられる甘草湯(かんぞうとう)とは全く異なるものなのでご注意ください。
構成生薬
- 炙甘草(シャカンゾウ)または甘草(カンゾウ)
- 人参(ニンジン)
- 阿膠(アキョウ)またはゼラチン
- 生姜(ショウキョウ)
- 桂枝(ケイシ)または桂皮(ケイヒ)
- 麦門冬(バクモンドウ)
- 麻子仁(マシニン)
- 地黄(ジオウ)
- 大棗(タイソウ)
甘草には、何もしていない生の甘草と、炙ったり煎ったりした炙甘草があります。
のどの痛みに用いる甘草湯の場合は、清熱(患部を冷ます・抗炎症)作用を期待したいので、炙らずに生のまま用いられます。
一方、甘草を炙ったときには、温める作用、補う作用が増すと考えられています(修治のひとつ)。
その修治による作用の違いは周知のこととして、
昔の書物においては、補剤に分類されるような漢方薬について、「甘草」と書かれていれば、あえて「炙甘草」と書かれていなくても、一般には炙甘草として用いられていたことが多いようです。
ただ、現代においては、甘草湯などと区別するため、炙った甘草を使用したという場合は、やはりきちんと「炙甘草」と書いてくれていた方が分かりやすいと思います。
各生薬のはたらき
「炙甘草湯」における各生薬の主なはたらきをまとめますと、以下の通りです。
地黄 → 心の血を補う
麦門冬 → 心を潤す
阿膠・麦門冬 → 肺を潤す
麻子仁 → 腸を潤す
炙甘草・人参・大棗 → 陰液を補う
桂枝・生姜(・清酒) → 気血を巡らせる
全体をみると、「潤い不足」を治し、心の「気血」を充足させて、巡らせるという構成であることが分かります。
よって、炙甘草湯が適しているのは、
長い期間、病気を患ったとき、または常に体に無理をして仕事をしている人で、体力・気力とともに、水分や血(けつ)も消耗した状態、気陰両虚という状態です。
気と陰液の不足が、心や肺(上焦)に症状としてでると、動悸、不整脈、息切れ、(乾いた)咳となります。
陰液(潤い)の不足ということで、のぼせ、ほてり、口の乾燥、皮膚の乾燥、便秘を伴うことがあります。
つまり炙甘草湯は、消耗した気や陰液を補充することで症状を回復させる方剤です。
逆に言えば、例えば不整脈のときに頓服で使って効果を期待するようなことはできません。
適応症状
【ツムラ】
体力がおとろえて、疲れやすいものの動悸、息切れ
【コタロー】
顔色悪く貧血し、不整脈があって動悸息切れがはげしく、便秘がちのもの、あるいは熱感があるもの。心臓神経症、心臓弁膜症、血痰を伴った咳嗽、バセドウ病の呼吸困難。
【薬局製剤】
体力中等度以下で、疲れやすく、ときに手足のほてりなどがあるものの次の諸症:
動悸、息切れ、脈のみだれ
ハッキリと適応症にないものも含めてまとめると、炙甘草湯は、主に以下のような症状に応用されています。
- 不整脈、動悸、軽度の心不全、心臓神経症
- 息切れ、乾いた咳、肺気腫、気管支喘息、慢性気管支炎
- 甲状腺機能亢進
- 貧血症、不眠
注意点・副作用
炙甘草は、生の甘草より補気作用が強まっており、心気虚に対して効果があるので、この漢方薬の主薬となっています。
他の漢方薬と比べると甘草の量が多めで、しかも長期間服用することが多いので、偽アルドステロン症の副作用に気をつけておく必要があります(炙甘草の方が生甘草より副作用の発現は少ないと言われていますが)
地黄により胃腸障害(胃がもたれる、食欲が落ちる、下痢するなど)を起こすことがあります。
甘草単味の甘草湯(かんぞうとう)とは、全く適応が異なりますのでくれぐれも注意してください。
傷寒の邪による動悸については『傷寒論』で、虚労による動悸は『金匱要略』で、
慢性的な肺疾患に対しては→『金匱要略』で論じられています。
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