鉄欠乏性貧血とは
貧血のなかでもっとも頻度の高いのが、鉄欠乏性貧血です。
血液中の赤血球の中にある、酸素を運ぶ役割を担うヘモグロビン(Hb)の濃度が低くなった状態。
鉄欠乏性貧血は、
その体内で酸素を運搬する赤血球中のヘモグロビン(Hb)の構成に必須な、鉄が不足している状態です。
鉄分が欠乏することにより、ヘモグロビンの濃度が低下して起こる貧血です。
主な症状は、立ちくらみ・めまい・ふらつき・息切れ・頭痛など。
(貧血には鉄欠乏性貧血のほか、巨赤芽球性貧血、再生不良性貧血、溶血性貧血、また腎性貧血のような二次性貧血があります。)
食事中の鉄は、上部小腸から吸収されます。
吸収された鉄は血管内ではトランスフェリンと結合して全身に運ばれます。
体内の総鉄貯蔵量は3~5gほど。
その鉄の6~7割は赤血球の構成要素として使われますが、
残りの鉄は、肝臓、骨髄、脾臓、筋肉、マクロファージなど全身の組織に存在しています。
体内の鉄…
- 貯蔵鉄(約30%):肝臓・骨髄・脾臓・筋肉などに蓄えられている
- 機能鉄(約70%):赤血球のヘモグロビンに含まれ、酸素を運ぶ
機能鉄が一時的に不足するときは、それを補うため貯蔵鉄が利用されます。
鉄欠乏性貧血になるということは、貯蔵鉄が使い果たされたうえで、機能鉄(ヘモグロビン)が減少してしまっています。
診断・検査においては、ヘモグロビン値だけではなくて、貯蔵鉄の量を示す「血清フェリチン値」の確認も重要です。
ヘモグロビン(Hb)の数値には異常がなくても、貯蔵鉄が減ってしまっている「隠れ貧血」状態のこともあるからです。
また治療においても、ヘモグロビン値の改善だけではなく、貯蔵鉄が回復(フェリチン値が正常化)するまで治療を継続する必要があります。
症状
貧血の主な症状は、立ちくらみ・めまい・ふらつき・息切れ・頭痛など。
赤血球(ヘモグロビン)の減少で、全身へ運ばれる酸素が不足しますので、
疲れやすい、だるい、集中できない、朝目が覚めてから起きるまで時間がかかる、などがみられます。
貧血ではない周囲の人からは、やる気がない、怠けていると思われてしまうことがあるかもしれません。
本人にとっても、貧血の進行がゆっくりだった場合、それに慣れてしまい、疲れやすい・だるい状態が当たり前で、貧血の症状だというふうに自覚しないまま過ごしている可能性もあります。
低酸素を補うために、心拍数が上がりやすかったり(動悸)、呼吸数が増えたり(息切れ)も起こりやすくなります。
その他、鉄欠乏性貧血の場合、
鉄欠乏によって、爪の変形(スプーンネイル)、レストレスレッグス(むずむず脚)症候群、飲み込みがしづらい(嚥下障害)、氷を異常なほどに食べたくなる(氷食症)などの症状がみられることがあります。
これらの症状があてはまる場合は、血液検査を受けられることをお勧めします。
原因
鉄が欠乏する原因は、鉄の需要が増える、鉄が過剰に喪失する、鉄の供給量が少なくなる、のいずれかです。
具体的には以下のことが主な原因として考えられます。
- 月経(月経過多)、子宮筋腫、妊娠・授乳
- (消化管などからの)出血、消化器系の腫瘍
- 胃酸分泌の低下(加齢、薬剤、ヘリコバクターピロリ感染など)による鉄の吸収阻害
- 激しい運動
- 過度なダイエット、偏食、摂食不良
食事
鉄欠乏性貧血はほかの貧血にくらべ、食生活などの生活習慣が深くかかわっている疾患です。
食事の基本としては、鉄や鉄の吸収を促進する成分を含む食品を、規則正しくとることにあります。
鉄分
ヘム鉄と非ヘム鉄
ヘム鉄
- 動物性食品に含まれる
- レバー・魚介類(あさり・かつお)・赤身肉等
- 【吸収率10~20%】
非ヘム鉄
- 植物性食品に含まれる
- 大豆・ほうれん草・小松菜・海藻類・そば等
- 【吸収率2~5%】
肉などに含まれるヘム鉄は、ヘモグロビンやミオグロビンに由来する鉄など、ポルフィリンという化合物に覆われた状態の鉄で、そのままの形で吸収されます。他の成分の影響を受けにくく、非ヘム鉄に比べると、吸収率は高めです。
それ以外の非ヘム鉄は、3価の鉄(Fe3+)であり、吸収されるときに食事に含まれるビタミンCや、胃酸のはたらき等によって、2価の鉄(Fe2+)に還元されてから吸収されます。食べ合わせや胃の状態によって吸収率は影響を受けます。
タンパク質
ヘモグロビンの組成は、鉄(ヘム鉄)+タンパク質(グロビン)です。
ですので、ヘモグロビンを作るためには鉄だけでなく、タンパク質も必要です。
肉類・魚介類・卵・牛乳など
鉄の吸収に関わる食べ合わせ
その他、ビタミンCは、鉄の吸収を促進するので、ピーマンやニラなどの緑黄色野菜も一緒に摂取した方が良いです。
また、お酢のような酸味のもの、香辛料などを適度に使用すると、胃酸の分泌が促進されますので、鉄の吸収も高まります。
逆に、タンニン(お茶に多い)、フィチン酸(玄米に多い)、リン酸塩(加工食品・スナック菓子に多い)は、鉄の吸収を抑制するので、摂り過ぎないように注意が必要な成分です。
経口鉄剤
医療機関で鉄欠乏性貧血と診断されると、通常は鉄剤が処方されます。
医療用の鉄欠乏性貧血の治療に用いられる鉄剤の特徴や注意点についてまとめておきます。
鉄剤について全般的な注意事項
- 非へム鉄です。
- 鉄が直接消化管を刺激するために、消化器系の症状が起こることがあります。吐き気、嘔吐、食欲不振、腹痛、下痢、便秘、腹部不快感、膨満感など。症状の出方には個人差があります。服用するタイミングを変更することで改善することもあります。
- 吸収されなかった鉄の影響で、便が黒くなることがあります。黒色便が出ても異常ではないです。便の検査の際は、便潜血偽陽性を示す可能性があります。
- 一部の抗生物質、抗菌薬、制酸剤、甲状腺ホルモン製剤、レボドパ含有製剤など、併用により吸収が低下するといったことで注意が必要な薬剤があります。お互いの服用の間隔をあけるなどで対策ができることがありますので、服用中の薬がある場合は薬剤師等にご相談ください。
- 吸収を高める目的での「ビタミンC製剤」の併用は必要ありません。(逆に消化器症状が強くなる可能性もあります)
- 鉄剤服用で胃腸障害を起こしたときに、胃薬として強い制酸剤(胃酸を抑える薬)を追加するのは不適です。(鉄の吸収が悪くなります)
- 緑茶、紅茶、コーヒーの飲用は禁止ではありません。(タンニンは鉄の吸収を阻害させますが、臨床上、薬剤の効果が問題になるほどのことではありません)
- 一時的に舌や歯が着色(黒~茶褐色)することがあります。とくに、鉄剤を口の中に長時間留めていたり、歯磨きが不十分なとき。通常の歯磨きで落ちない着色の場合、重曹で除去する方法がありますが、重曹で強く磨くと歯も削れてしまう心配があります。できれば歯科でクリーニングの相談をされてください。
- (ヘモグロビンの増加とともに、貯蔵鉄を満たすために)一般的な投与期間は少なくとも3~6か月程度必要とされています。
- ですが、鉄欠乏状態にない患者さんには禁忌です。鉄過剰症をきたすおそれがあるためです。(人は過剰な鉄を積極的に排泄できる機能をもっていません)
- 一度に過剰な鉄を摂取したときは急性鉄中毒を起こします。特に小児は注意が必要です。子供が誤服用しないよう、自宅での鉄剤の管理には十分気をつけてください。
鉄剤の種類と特徴
経口鉄剤それぞれの特徴を以下に簡単にまとめておきます。
いちばん問題になりやすいのが消化器系の副作用です。悪心・嘔吐がひどくなって服用できなくて中止されてしまうケースもありますが、服用のタイミングを変えるといった対処法のほかに、徐放性の製剤などに変更するとか、顆粒剤やシロップ剤で用量を調節して少量から服用するなどの対応も可能かと思われます。
クエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア等)
- 錠剤と顆粒があります。
- 幅広いpH領域で溶解するため、胃酸の分泌が低下している場合でも吸収が良い、という特徴があります。
- 非イオン型鉄剤で、胃腸粘膜に対する刺激や、食事の影響による吸収低下が、比較的少ないとされています。
- 消化器症状への対策としては、空腹時は避ける、朝食後ではなく夕食後に服用する等。
- 錠剤を噛んだり潰したりした場合、鉄特有のえぐみが強く、非常に飲みづらくなります。
フマル酸第一鉄(フェルム)※販売中止(2023.7)
徐放性カプセルカプセルのため、鉄特有のにおいは感じません。徐放性で、消化器系の副作用が少ない、という特徴があります。
溶性ピロリン酸第二鉄(インクレミン)
- 唯一のシロップ製剤。さくらんぼ風味。小児でも飲みやすい。
- 小児の用量は年齢によって異なります。過剰摂取にならないように注意が必要です。
- 舌や歯が一過性に黒く着色することがあります。
- 遮光して室温での保管で可。冷所に保存した場合、D-ソルビトールの結晶が析出することがあります。
乾燥硫酸鉄(フェログラデュメット)
- 多孔性の格子(グラデュメット)に鉄が包まれていて、消化管内で徐々に鉄が拡散します。高濃度の鉄が直接粘膜に触れないので、消化器への刺激が少なく、食事の影響の少ない(吸収効率の高い)空腹時でも服用することができます。
- ただしそれでも胃腸症状が起こるときは食後(食直後)に変更するなどで対応されてください。
- 徐放性製剤なので粉砕は不可。
- 鉄放出後の格子の方は、そのまま便中に排泄されます。
クエン酸第二鉄水和物(リオナ)
- もとは慢性腎臓病の高リン血症の改善に用いられる薬剤(リンを吸着して消化管からの吸収を抑制する)
- その後、鉄の補充の効果も認められ鉄欠乏性貧血の適応が追加(2021)
- 高リン血症に使用する場合と、鉄欠乏性貧血に使用する場合とで用法用量が異なりますので注意。いずれにしても、服用のタイミングは食直後です。
- 他の経口鉄剤よりも悪心嘔吐などの消化器症状の副作用が少ないという特徴があります。
- ですが、他の経口鉄剤にくらべると薬代は高めになります。
注射剤
原則的には、経口鉄剤から治療を始めますが、経口鉄剤が適さない場合には注射剤(静注の鉄剤)が使用されることもあります。
静注鉄剤には以下のものがあります。
- 含糖酸化鉄(フェジン)
- カルボキシマルトース第二鉄(フェインジェクト)
- デルイソマルトース第二鉄(モノヴァー)
サプリメント
医療用の経口鉄剤が「非ヘム鉄」であるのに対して、サプリメントでは「ヘム鉄」が一般的です。
鉄の含有量としては医療用鉄剤のものに比べごく少量ではあるものの、
胃腸障害が起こりにくい、過剰摂取を招きにくい、という点では安心です。
食事から十分な鉄が摂取できないときに、効率的に鉄分を補うことができますので、
鉄分不足が心配なときは、貧血の予防のために利用してみるのもいいかもしれません。
漢方薬
絶対的に鉄分が不足していることが明らかな場合は、鉄の補給がまず必要です。
西洋医学的に、貧血の原因を精査し、治療が必要ならそれが優先になりますし、
また偏食や過剰なダイエット、寝不足など不規則な生活があるなら是正する必要があります。
では、漢方薬が鉄欠乏性貧血に対して、どのように応用されるのかというと、
漢方における考え方の基本はまず「血虚」を解消することになります。
(ヘモグロビンやフェリチンなどの数値の改善というよりも)
疲れやすい、動悸がする、顔色が良くない、皮膚が荒れやすい、ご飯が食べられない、などの症状を示す病態に対して、サポートします。
血虚は、漢方的な意味での「血」(栄養)の不足による随伴症状全般を含めた概念なので、西洋医学的な貧血と、東洋医学的な血虚はイコールではありません。ですが、(血虚だからといって必ずしも貧血ということはないにしても、)貧血であればだいたい血虚の症状を呈します。
血を補う効果のある、当帰、芍薬、地黄などの生薬が配合された漢方薬がよく用いられます。
漢方薬においても、血を補う生薬(とくに地黄)は、胃腸の弱い人に用いる場合、胃もたれ、腹痛、下痢などの消化器症状が起こすことがあるので注意が必要ではあるのですが、
経口鉄剤が合わずに治療を中断してしまっている方は、一度漢方薬を試してみられるのもおすすめです。
例として…
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