白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)の解説
「白虎加人参湯」は、「白虎湯」という漢方薬に人参を加えたものです。
ではまず「白虎湯」の白虎とは何か。
白虎は古代中国の神話によれば東西南北のうち、西の守り神です。
南の朱雀、北の玄武、東の青竜、そして西が白虎です。
↓は、東洋医学の五行論での関係性を表にしたものです。
東 | 青竜 | 青 | 春 |
西 | 白虎 | 白 | 秋 |
南 | 朱雀 | 赤 | 夏 |
北 | 玄武 | 黒 | 冬 |
中央 | 麒麟 | 黄 | 土用 |
白虎は、季節でいうと秋になります。
涼しい風が吹かせて、激しい夏の暑さを終わらせます。
そんなところで…
「白虎湯」や「白虎加人参湯」にも、
白虎の能力のような、体の内部(肺や胃)に入り込んだ熱を冷ます力があり、
発熱・口渇・ほてりなどに対して使われる方剤であるので
白虎の名前が称されています。
多量に配合されている石膏(セッコウ)の色が白いという点でも、白虎の「白」と重ねられています。
構成生薬の特徴
「白虎加人参湯」は、「白虎湯」に人参(ニンジン)を加えたものです。
構成生薬は
白虎湯が、石膏・知母・粳米・甘草で、それに人参です。
石膏が主薬です。たくさん配合されます。
重さで言うと、全量のうちの半分は石膏の重さになります。
その石膏に知母を合わせます。
人参を入れない「白虎湯」には「石膏知母湯」という別称があります。
石膏と知母による清熱(瀉火)の代表的な処方です。
この石膏・知母の組み合わせは、「消風散」や「辛夷清肺湯」などにもみられます。
石膏・知母の清熱の特徴は、
熱を冷まし、消炎・解熱するだけではなく、
津液を生む(生津)作用と、止渇の効果です。
(発汗による解熱ではなくて、石膏の場合、汗は止まります。)
粳米・甘草も、胃から津液を生じるのを助ける生薬です。また、石膏・知母によって胃が障害されないように保護しています。
体内の水分を保持し、潤し、口渇を止めるもので構成されています。
人参は、熱による体力の消耗(疲労感)を改善し、これもまた陰(津液)を補うために加えられています。
ちなみに、人参・甘草・粳米という脾胃を補うユニットは、麦門冬湯や竹葉石膏湯にもみられます。
適応する症状は、熱・大量の汗・口渇
原典に書かれている『傷寒論』の使い方は、最後に書いておきますが、
典型的な症状としては、
- 身体の熱感と大量の汗があり
- 疲労感・脱力感が出て
- ほてり、顔面紅潮し
- 炎症と発汗による脱水の恐れがあり
- 冷たい飲み物を欲しがるような激しい渇きがあるとき
- で、たくさん水分をとるので尿もよく出る(けど下痢はしない)
このような時に適しています。
白虎湯は、「高熱」「全身からの発汗」「口の渇き」(「脈が洪大」)のときに使うのが基本とされていて、白虎加人参湯もまた同様です。
熱→そして大量の汗で→津液を消耗するための口渇、です。
感染症による高熱だけではなくて、熱中症のような状態も当てはまります。
添付文書上の効能効果
医療用エキス製剤の効能効果は、一応書きますけど、次のように記載されているだけでシンプルすぎます。
のどの渇きとほてりのあるもの
口渇と熱感があるのを基本として、幅広く応用してください、という感じに解釈しましょう。
ツムラ・クラシエ・コタロー・テイコクのものがあります。
ちなみに【薬局製剤】(煎じ薬)の方の効能効果は、以下のようになっています。
体力中等度以上で、熱感と口渇が強いものの次の諸症:のどの渇き、ほてり、湿疹・皮膚炎、皮膚のかゆみ
口渇への使用
熱、大量の汗、ということでなくても、
ほてり感と、口渇があれば、「白虎加人参湯」が使われることがあります。
舌の色が赤く、乾燥していて舌苔が無いことが目安になります。
例えば、
- 抗コリン作用のある薬剤の副作用としての口渇
- 口腔内への放射線照射後の口渇
- 糖尿病の口渇
- シェーグレン症候群など
ですが現在は様々な血糖降下薬があります。
糖尿病であるなら「白虎加人参湯」で口渇を和らげることよりも、
きちんと医療機関を受診し、血糖降下薬で血糖値の管理をすることが先決です。
その他の応用
- 更年期症状のほてり
- 乾燥性で紅斑や痒みの強い皮膚炎(アトピー性皮膚炎)
- 口内炎、歯周炎
- 関節炎や関節リウマチなどの局所の炎症
- 多飲(冷たい水)で多尿の小児の夜尿症、多汗症
- 精神疾患のイライラ(←知母・石膏の清熱作用を利用)
などに使用されることがあります。
使用時の注意点・副作用
- 漢方薬にはお湯での服用を勧めるものもありますが、白虎加人参湯においては、水での服用でOKです。煎じ薬の場合も、冷やしてから服用して構いません。
- 重度の熱中症のときは早めに受診してください。医療機関で点滴などの治療を受けるのが確実です。
- 熱感は、他覚的にも分かるような実熱に用いられます。体質的な陰虚(潤い不足)によって結果的に生じる(自覚症状のみの)手足のほてりなど(虚熱)には適しません。
- 体が冷えていたり、下痢したりするときは使用を止めてください。
- 長期間服用するときは、甘草の副作用に注意が必要です。
- アトピー性皮膚炎に対しては、黄連解毒湯や消風散などと一緒に使用されることがあります。
原典からの説明
『傷寒論』の白虎加人参湯
「桂枝湯を服し、大いに汗出でた後、大いに煩渇して解せず、脈洪大なる者は、白虎加人参湯之を主る」(太陽病上篇 第26条)
(訳)
カゼ(急性の熱性疾患)に「桂枝湯」を服用したところ、大量に汗が出て、口の渇きがひどくなり、大きい脈をうっている。この者には白虎加人参湯を用います。
「傷寒、若しくは吐し、若しくは下した後、七八日解せず、熱結して裏に在り、表裏共に熱して、時々悪風し、大いに渇して舌上乾燥して煩し、水数升を飲まんと欲する者は、白虎加人参湯之を主る」(太陽病下篇 第168条)
(訳)
カゼ(急性の熱性疾患)に対して(発汗させる正しい治療法を行わずに)吐かせたり下痢させたりの治療をしたのち、7~8日に経過しても熱が治らない。全身に熱感があって、少し悪寒がして、(大量の汗と、熱による津液の消耗で)口の渇きがひどく、舌も乾燥していて悶え、大量の水分摂取が必要になっている者には、白虎加人参湯を用います。
「傷寒大熱無く、口燥渇し、心煩し、背微かに悪寒する者は、白虎加人参湯之を主る」(同 第169条)
(訳)
表証(高熱)は無くても、(裏熱によって)気陰両虚を示していれば、白虎加人参湯です。
「傷寒脈浮、発熱無汗は、その表解せず、白虎湯を与うべからず。渇して水を飲まんと欲し、表証無き者は白虎加人参湯之を主る」(同 第170条)
(訳)
脈浮で、発熱、無汗などの表証がまだ残っているならば(発汗法を用いるべきであり)白虎湯類を与えてはいけません。表証がもう無くなっていて、水分を欲しがっているときに白虎加人参湯です。
『金匱要略』の白虎加人参湯
「太陽の中熱は、暍是なり、汗出でて悪寒し身熱して渇す、白虎加人参湯之を主る」
(訳)
今で言うところの暑気あたりや軽い熱中症です。汗が出て寒気がして体がほてって喉が渇きます。このときに白虎加人参湯です。(汗腺が開いているために汗とともに「気」も漏れます。そのため気虚(陽虚)であれば汗によって身震いするような寒気を感じることもあります)
「渇して水を飲まんと欲し、口乾舌燥する者は白虎加人参湯之を主る」
(訳)
(陽明経の熱のとき、)喉が渇いて水を飲むけれども、口や舌の乾燥が治らない者には、白虎加人参湯を使用します。
補足
『傷寒論』では、例えば、桂枝湯を服用して大量に汗が出てしまったときや、
カゼの初期の段階でうまく治療ができず、1週間くらい高熱が続いたことで、
のどが渇いて大量に水を飲みたがるときに「白虎加人参湯」を使う、と書かれています。
ただし、1週間も高熱が続いて脱水症状が心配になるくらいのときは、
通常なら病院へ行って、抗生剤を投与されたり、必要に応じて点滴などを受けた方が確実でしょうから
現在は傷寒論的な「白虎加人参湯」の使われ方はあまりされていないと思います。
むしろ、熱中症やその他での活用をすべきです。
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