【麦門冬湯】の解説~長引く乾いた咳に用いる漢方薬~

麦門冬湯(ばくもんどうとう)

麦門冬湯(ばくもんどうとう)の解説

麦門冬湯ばくもんどうとうは、痰の切れにくい咳、気管支炎、ぜんそくなど、咳の症状に使われることの多い漢方薬です。

しかし、ただの「咳止め」ではなく、のどの乾燥を潤す効果の漢方薬でもあります。

乾いた咳に適していて、逆に痰がたくさん出る症状には使われません。

「麦門冬湯」の漢方的な効果について解説します。

ノドの潤いで粘膜を守る麦門冬湯

もし、ノドの粘膜に潤いがなければ、

ノドへの刺激に対して敏感になり、ちょっとしたことで反射的に咳が出てしまいます。

顔が赤くなるくらいに突然はげしい咳をしたり、

ときに胃の方からこみ上げてくるような咳で、吐きそうになることもあります。

また潤いがなければ、熱を冷やすことができないので、炎症がしずまりにくくなります。

ノドの乾燥感、渇き、熱(炎症)があって、そこに痰ができれば、

痰も熱によって乾燥してきます。

水分の少ない痰は粘っこくなり、

痰の量は少なくてもなかなか切れにくいものになります。

痰がノドにへばりつき、そのせいでまた強く咳きこんでしまいます。

そんなノドの潤いが低下しているときに出る咳に効果があるのが麦門冬湯

麦門冬湯はノドの粘膜の乾燥を潤す漢方薬です。

構成生薬とその特徴

麦門冬湯には6種類の生薬が配合されます。

各生薬の作用

麦門冬:ノドを潤わせる(補陰ほいん)効果があります。粘膜が乾燥していることで起こりやすい軽度の炎症や熱感をおさえます。

半夏:痰をへらし、こみ上げてくる咳や吐き気をおさえます。

大棗・甘草:胃のはたらきをよくするとともに、急迫的な症状を緩和させる効果があります。

人参・粳米:人参は薬用人参です。粳米はいわゆる粳米(うるちまい)の玄米です。ともに栄養を補って体を元気にする(強壮)作用があります。

咳に使われることが多い漢方薬なのですが、

咳をしずめる効能をもつのは、おもに半夏です。

もっとも配合量が多く、この漢方薬の名前になっている主薬の麦門冬は、おもに肺(呼吸器)を潤わせる効能の生薬です。

ですので重要なのは潤す効果で、そしてそれにより咳をしずめやすくしています。

また、その他の大棗・甘草・人参・粳米は、どちらかというと胃腸にもはたらく生薬です。

咳をしずめたい漢方薬なのに、6つの生薬のうち4つは胃腸に配慮した生薬なのです。

なぜ咳を止めるのに胃腸が大事か

すこし東洋医学における五行ごぎょう(木火土金水)の理論のはなしです。

金属を生み出すのは土ですので、脾胃ひい(土)⇒肺(金)への、促進の流れ(相生そうせいの関係)があります。

「脾胃が母」で、「肺が子」の関係です。

ということは(経済的な話と同じで)親が潤えば、自然とその子も潤いやすくなるし、

逆に、親(脾胃)が潤わなければ、子(肺)も潤いにくい、ということになります。

大棗・甘草が、胃腸のはたらきを高めて、水分の吸収をよくする。

人参・粳米は、胃の津液(陰液)を生み出し、保持させます。

これにより脾胃が潤い、そして肺の潤いの低下を防いでいます。

 

まとめると、

この漢方薬の主薬であり、ノドを潤す効果のある麦門冬。

直接、咳止めとしてはたらく半夏。

この2つの生薬の相乗効果で、ノドが乾燥して生じるはげしい咳をしずめます。

一方で残りの大棗・甘草・人参・粳米の4つはすべて、胃腸のはたらきを良くして体にしっかり水分を補給させます。

喉を潤すための水分を生み出すために必要な配合となっています。

甘草・人参・粳米の組み合わせは、口渇で用いられる白虎加人参湯びゃっこかにんじんとうにも共通します。

燥性の半夏の配合について

半夏は、肺の気を降ろして咳をしずめる生薬ですが、一方で、乾燥させるはたらきを持ちます。

中医学的には、湿を乾かして、痰を除去する効能だと理解すればメリットがあります。

一方で「麦門冬湯」の潤す効能からすれば、乾かす半夏の作用はあまり好ましくありません。

しかしながら、潤すはたらきのある麦門冬(と人参)を大量に配合しているために、そこは十分にカバーされていると考えられます。

また、半夏の乾かす作用を麦門冬で打ち消すことによって、

咳を鎮める効能を前面にうまく引き出した絶妙な構成だという見方ができます。

適応する症状

添付文書上の効能・効果

【ツムラ】他

痰の切れにくい咳、気管支炎、気管支ぜんそく

【コタロー】

こみ上げてくるような強い咳をして顔が赤くなるもの、通常喀痰は少量でねばく、喀出困難であり、時には喀痰に血滴のあるもの、あるいはのぼせて咽喉がかわき、咽喉に異物感があるもの。
気管支炎、気管支喘息、胸部疾患の咳嗽。

【薬局製剤】

体力中等度以下で、たんが切れにくく、ときに強くせきこみ、又は咽頭の乾燥感があるものの次の諸症:
からぜき、気管支炎、気管支ぜんそく、咽頭炎、しわがれ声

適応症状の補足

空気が乾燥しているとか、運動して汗をかいたとかで、一時的にノドが渇いただけなら、

水を飲んだりアメをなめたりすれば改善します。

そういうことでは改善しないようなノドの潤い不足のとき、

体の内側から元気にして水分を増やしてあげるのが「麦門冬湯」です。

高齢の方、風邪などの発熱性の疾患のあと、肺の手術のあとなど、

体力の低下と、水分の消耗があり、乾いた咳が続いている場合によく適します。

その他、咳以外にも、潤いが低下したときのノドの乾燥した不快感、イガイガ、しゃがれ声(嗄声させい)にも用いられます。

妊婦さんの咳にも用いることができます。

注意点として、

当然ながら、痰がたくさん出ているような咳には使いません。

ノドが腫れていたり、炎症が強い場合は、他の薬が必要になるかと思いますので、専門家に相談されるか、医療機関を受診してください。

効果的な飲み方

エキス製剤はお湯に溶かして服用されるのことをおススメします。

錠剤タイプの商品も発売されていますが、喉を潤すという効果を考えれば、顆粒タイプの方が目的に合っています。

顆粒のエキス剤をお湯に溶かすと、粳米のデンプンによって少しだけトロッとします。

味は甘いので、とろみと甘みで、ノドが潤うような感じが一層してきます。

夜ふとんに入ってから咳が出はじめるという場合もあるので、夜は就寝前に服用してもいいと思います。

ただの咳止めとは異なり、体の潤い不足と体力の回復が期待できることをふまえると、

咳が出た時にあわてて服用するのではなく、1日量を用法通りしっかり服用しておくことが大切です。

出典

『金匱要略』(3世紀)

大逆上気し、咽喉利せず。逆を止め、気を下すものは、麦門冬湯之を主る。

肺痿肺癰咳嗽上気病篇

大逆上気というのが、反射的にお腹の方からこみ上げてくる力のこもった咳(大逆)で、そのために顔が赤くなる(上気)という状態です。

そして、ノドの乾燥やイガイガ(咽喉不利)という特徴があれば、

それを治すのには、麦門冬湯が適します。

 

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