17-(2) 補陽薬(ほようやく)
補陽薬は、陽気を強める作用があり、陽虚を改善するのに用いられる生薬です。助陽薬とも言います。
陽虚とは、陽気が弱まっている状態です。気虚の程度が進んで、人体の機能面の低下がみられます。
一般に「陽虚」というと、心陽虚・脾陽虚・腎陽虚の3つを包括しています。
なかでも特に「腎陽」は、各臓腑機能を促進して、温煦する(温める)作用を担っていて、「真陽」や「一身の元陽」とされ、諸臓腑の陽の源です。「命門の火」とも呼ばれます。
例えば、「心」は腎陽の助けが弱くなると、脈が弱く、動悸、胸痛など心陽虚の症状が出やすくなりますし、
同様に「脾」は腎陽の温煦がなければ、腹部の冷痛、五更泄瀉(夜明け前の下痢)など脾陽虚の症状が出やすくなります。
つまり、各陽虚証はいずれも腎陽の不足と密接に関係しているわけです。
そういうわけで、補陽薬としてここで挙げられる生薬はすべて、「腎陽を補う」作用をもつ生薬ということになります。
(補陽薬を心腎陽虚や脾腎陽虚に用いることもありますが、単純な心陽虚や脾陽虚に対して主に使われるのは附子などの「温裏薬」です。)
よくみられる腎陽虚の症状(補陽薬の適応となる症状)としては以下のようなものです。
畏寒(寒がる、寒冷を嫌う)、四肢が冷えて痛い、膝腰がだるくて弱い、頻尿(夜間尿)、遺尿、性欲低下、インポテンツ(ED)、不妊、遺精など
その他、腎虚の症状にも応用されますが、
日本でよく使われる言葉でシンプルに言うなら、補陽薬は「滋養強壮」的な薬です。
基本的に温燥性の薬が多いので、陰虚火旺の(陰虚のため相対的に陽が亢進している)ときは使用できません。
鹿茸(ろくじょう)
雄のシカの幼い(まだ骨化していなくて毛を帯びている)角
(硬化した骨質の角は「鹿角(ろっかく)」と呼び、廉価なので鹿茸の代用品にされますが、効力は弱い)
【帰経】肝 腎
【効能】補腎陽 益精血 強筋骨
紫河車(しかしゃ)
ヒトの胎盤
(サプリメント等で「プラセンタ」と呼ばれているもののほとんどは、馬や豚などの胎盤から成分を抽出したものです)
【帰経】肺 肝 腎
【効能】補精 養血 益気
陽気を強めて精血を養うことができる効能においては、鹿茸と同様です。
紫河車の方が、薬力や温性は緩和なので、長期間の服用には適しています。
単味でも用いられますし、気虚であれば人参と、脾虚があれば山薬、茯苓、陳皮などと併用もできます。
その他、人参、黄耆、熟地黄などと併用して気血不足による産後の乳汁分泌不全に用いられたり、五味子や天門冬などと併用して慢性咳嗽に用いられます。
ちなみに、疲労回復のための栄養補給になることが本能的に分かっているからなのかどうかは分かりませんが、自然界の多くの有胎盤哺乳動物の母は、出産後に胎盤を食べるそうです。
※更年期障害の治療や慢性的な疲労などに対して病院・クリニックではプラセンタ注射が行われています。ヒト由来のプラセンタ製剤の注射をされたことがある方は(未知の感染症等の予防の観点から)献血ができないことになっていますのでご注意ください。
淫羊藿(いんようかく)
メギ科イカリソウの仲間の葉あるいは全草
【帰経】肝 腎
【効能】補腎壮陽 袪風除湿
また、辛温から燥性にも働くので、風寒湿痺証の肢体のしびれ、関節痛などにも適します。
巴戟天(はげきてん)
アカネ科ヤエヤマアオキ属Morinda officinalisの根
(果実がジュースやサプリで「ノニ」と呼ばれているものと同属植物)
【帰経】腎
【効能】補腎助陽 袪風除湿
淫羊藿と似た効能をもちますが、巴戟天の方が薬力は緩和なようです。
腎を補い陽を助けるので、腎陽虚によるED、頻尿、遺尿、不妊、下肢や腹部の冷痛などに用いられます。
淫羊藿のような燥散性もありませんが、他の生薬と併用して、腎陽虚を兼ねている風寒湿痺証(腰膝がだるくて痛いなど)に用いることができます。
肉蓯蓉(にくじゅよう)
ハマウツボ科(他の植物の根に寄生する)ホンオニクまたはカンカニクジュヨウの(鱗片状を帯びた)肉質茎
【帰経】腎 大腸
【効能】補腎助陽 潤腸通便
補陽薬の中では、作用が緩和で、陽を補っても燥にはならず、広く応用しやすい生薬であります。
逆に少量を服用しただけでは効果はないので、多めに用いるか、毎日継続して使用するかしなければいけません。
また潤腸通便の効能で腸燥便秘に適します。(胃腸の実熱の便秘には不適)
杜仲(とちゅう)
トチュウ科トチュウの(ゴム状の粘り気がある)樹皮
(杜仲茶には葉が使われています)
【帰経】肝 腎
【効能】補肝腎 強筋骨 安胎
「肝は筋を主る」「腎は骨を主る」ものなので、
補肝腎
↓↓↓
強筋骨
つまり、肝腎を補うことは筋骨を強めることにつながります。
腎陽虚の他、肝腎不足の腰痛、下肢がだるい、力が入らない(筋力低下)などに用いられます。⇒大防風湯、加味四物湯
安胎作用については、肝腎不足による(胎児を養う力が弱いことによる)胎動不安に使われます。
続断(ぞくだん)
マツムシソウ科ナベナなどの根
【帰経】肝 腎
【効能】補肝腎 行血脈 続筋骨
杜仲と同様に、補肝腎と安胎の効能をもちます。
続断の場合は、肝腎を補って、かつ、滞らせず血脈を巡らせることができます。
それによって、生薬の名前にもなっているように、骨折など(筋骨の損傷)の癒合を促進させることができるとされています。
狗脊(くせき)
タカワラビ科タカワラビの根茎
【帰経】肝 腎
【効能】補肝腎 強腰膝 袪風湿
狗脊も杜仲と同様に補肝腎と強筋骨の効能があり、さらに風湿を除去する(袪風湿)作用もあります。
慢性的な風寒湿痺の、腰や背骨がこわばって伸ばしたり曲げたりができないものに用いられます。
蛤蚧(ごうかい)
ヤモリ科オオヤモリ(内臓を除いて乾燥したもの)
【帰経】肺 腎
【効能】補肺気 助腎陽 定喘嗽 益精血
中医理論的には、肺が気を吸い込む、そして腎が気を納める、それによって正常な呼吸が行われています。
ですので、肺と腎をともに補う作用のある蛤蚧は、肺腎両虚による慢性咳嗽や動作時の呼吸困難に対する要薬とされます。
吸い込んだ気を腎が納められないことによる吸気性呼吸困難に用いられます。
また、精血を補う効果もあるので、腎陽不足の陽萎(ED)に使われることが(薬酒などで)あります。
胡桃肉(ことうにく)
クルミ科セイヨウグルミの成熟果実の仁(ふつうに食べている部分)
【帰経】腎 肺 大腸
【効能】補腎 温肺 潤腸
腎と肺に帰経する点は蛤蚧と類似していますが、薬力は強くはありません。
ですが、温性ですので、肺を温めることで咳や喘息を抑える効果には優れます。
腎陽虚で、腰痛や膝がだるい等があり、虚寒(冷え)を伴う慢性咳嗽、吸気性呼吸困難に適しています。
また油分も多く含むことから、腸を潤す効果で、腸燥便秘(高齢者や、熱病後の津液不足の便秘)に用いることができます。
当然ながら、下痢傾向の人は、摂りすぎないように注意しなければいけません。
補骨脂(ほこつし)
マメ科オランダビュの成熟種子(果実)
【帰経】腎 脾
【効能】補腎壮陽 固精縮尿 温脾止瀉
腎を補い陽を盛んにしますので、陽萎(ED)や腰膝冷痛に用いられます。
固精縮尿の効能があるので、腎陽虚の中でも遺精、遺尿、頻尿などの症状にも適します。
また腎の陽気と脾の陽気をともに補うことができるのが特徴で、
そのため脾腎陽虚の五更泄瀉(夜明け前、明け方の下痢、腹痛)に用いられます。⇒四神丸
益智仁(やくちにん)
ショウガ科ヤクチ(ハナミョウガ属植物)の成熟果実
【帰経】脾 腎
【効能】補脾 開胃摂唾 暖腎固精縮尿
補骨脂と同様に脾と腎に帰経していますが、
益智仁の方は、腎陽よりも脾陽を温める作用に優れています。
脾腎が寒邪を受けて起こる腹痛、嘔吐や下痢、脾胃虚寒で食欲不振や、唾液が異常に多いなどの症状に用いられます。
菟絲子(としし)
ヒルガオ科マメダオシ、ネナシカズラなどの成熟種子
【帰経】肝 腎
【効能】補陽益陰 固精縮尿 明目 止瀉
補腎陽の薬ですが、陰もともに補うことができる良薬とされます。
固精縮尿の効能もあるので、腎虚の症状の、腰膝のだるい痛みの他、ED、遺精、頻尿、尿失禁などに用いられます。
肝陰も補うことで、肝腎不足による視力低下、かすみ目にも応用されます。
また腎陽を補うことにより、人参や白朮、黄耆などと併用すれば、脾虚の泥状~水様便にも使用することができます。
沙苑子(しゃえんし)
マメ科ツルゲンゲの成熟種子
【帰経】肝 腎
【効能】補腎固精 養肝明目
補腎固精や養肝明目の作用は、菟絲子と似ています。
ですが、沙苑子の方が温性で固精・助陽に優れるので、主として腎陽虚の腰痛、遺精、尿失禁、帯下などに使用されます。
骨砕補(こつさいほ)
ウラボシ科ハカマウラボシなどの根茎
【帰経】肝 腎
【効能】補腎強骨 活血続傷
腎虚による腰痛、下肢の力が弱い、耳鳴り、難聴、歯痛などに用いられます(補腎強骨)。
または、骨折、打撲、切り傷などの筋骨の損傷に用いられます(活血続傷)。
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